有償無償、色々親切2

 わざわざいいのにジの方に報告の手紙を送ってくれるなんてありがたい話である。

 まだもう少し時間はかかりそうであるがこれだけ真面目に調査を進めてくれているなら期待もできる。


「あー、例の彼のこと?」


「そう、ソコのことだよ」


 ソコは現在色々と動き回っている。

 職人たちを手伝ったり商会を手伝ったり研究だったりキックコッコのお世話だったりと興味のあることをやってみているようだ。


 夜はまだ悪夢にうなされることはあるがそれ以外のところでは安定している。

 時々何かを見た気がするというが夢のためかそれが何だったのか思い出せないみたいだ。


「会長〜そろそろお時間ですよ」


 ユディットがドアを家の中を覗き込む。


「おっ、もうそんな時間か」


 窓からはチラリと馬車が見える。


「エもいくか?」


「どこに?」


「今日はゼレンティガム家だな」


「ふーん……行くわ」


 表に出るとユディットが馬車のドアを開けて待ってくれていた。

 ジは紳士的に手を差し出してエを先に馬車に乗せて、自分も乗り込む。


「それで何しに行くの?」


 ゼレンティガムということはウルシュナ。

 ウルシュナがいるということは多分セットでリンデランもいる。


 だからついてきたエであったが何の目的で出発したのかは分かっていなかった。


「言ってなかったか。

 ゼレンティガムのお屋敷の部屋にパロモリ液を塗りに行くんだよ」


 断熱加工について真っ先に返事が来たのはゼレンティガムからだった。

 ここでちょっとしたコツを駆使した。


 ゼレンティガムに対してこんなのありますよってお手紙出したのだけど宛先をゼレンティガム家、あるいはルシウス宛ではなくサーシャに向けて出したのだ。

 こんな時にフットワークが軽いのはどう見てもサーシャである。


 おそらくサーシャがジの手紙を見れば素早く事を進めてくれると思っていた。

 予想通りにゼレンティガムから返事が来るのはすごい早かった。


「俺は行く必要もないけど……一応大事なお客様だし監督みたいな感じで。

 あとはこれのセールスにもね」


 ジはポンと横に置いてあるアラクネノネドを叩いた。

 先日の商品開発会議を経て何パターンかの固さや厚みに決まった。


 ついでにこのアラクネノネドを売り込みにも行く。


「ふーん……本当は2人に会いにいくんじゃなくて?」


「ウルシュナとリンデランのことか?」


 ジトーっとした目でエがジを見ている。

 なんだかんだと言いながら2人ともよく会ってはいる。


 親しい友人だし会えば楽しいとは思うので会いたい方に入る人ではある。


「まあ2人に会えるのは嬉しいよ」


「ふぅーん……」


 少し下顎を突き出すように不満を顔に表すエ。


「でもさ……俺はエとこうして毎日のように会えて嬉しいよ」


 少し照れたような表情を浮かべたジの言葉は決してエの不満を感じ取ったから言ったようなものではない。

 過去においてジとエが共にいる時間は短かった。


 魔獣契約をしてエが家を出たあとはほとんど道を違えたままのようなものであったからだ。

 そもそもそれはジの醜い嫉妬が原因なのであるが思えばもっとちゃんと話しておけばよかったと思う。


 今はエは家に帰ってきて神殿でのお仕事がある以外はこうして顔を突き合わせることも増えた。

 気心の知れた仲であるエと会えることは普通に嬉しい。


 これで本当によかったのか。

 エが兵士を止めることになってもいいのかという疑問はいつもついて回る。


 生活的には安定する兵士をある程度まで続けていてもよかったかもしれないとジが考えることもある。

 もう選択は変えられない。


 だから少しでもジのできる範囲でエを幸せにしてやりたい。


「ふ……ふぅーん」


 こういうところがズルい。

 そうエは思う。


 隠しようもないが顔の熱さを誤魔化すように窓の外に目を向けた。

 少しいじわるな質問をした。


 なのにジはそれを正面から打ち返してくる。

 どうしてこちらが狼狽えなきゃいけないのだ。


「まあ……嬉しいってなら別にいいか……」


 今度は顔がニヤけてしまいそうになってエはこっそりと頬をつねる。


「おい……大丈夫か?」


「ひゃいひょうぶ」


 コロコロと顔色が変わるのも面白いけれど自分で頬を引っ張る異常行動にはジも困惑する。


「会長、着きましたよ」


 これ以上質問してくるようならもうぶっ飛ばすしかないとエが思っていたらちょうど馬車がゼレンティガム家に到着した。

 窓から顔を出して門番さんに挨拶する。


 ユディットもジも顔は知られているのでさらりと中に通してくれる。

 門が開いて中に進む。


「わざわざご足労くださりありがとうございます」


「こちらこそ、早い返事のおかげで素早くスケジュールを組むことができました」


 屋敷の前に馬車を止めてジとエが降りるとサーシャとウルシュナ、リンデランがいた。

 一応杓子定規な挨拶をサーシャと交わしておく。


「他の人は先に着いていますよ」


「分かりました」


「エも来たんだね」


「ダメだった?」


「うんにゃ、人は多い方が楽しいからね」


 一瞬ピリッとした空気になることがたまーにあるがエとリンデランとウルシュナは別に仲が悪いわけじゃない。

 ウルシュナもエに会えて嬉しそうにしている。

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