先回り3

 貴族の中には領地がありながらも首都にも邸宅があって行き来する人もいる。

 仕事の都合だったり、子供の都合、利便性や見栄のためなんてこともある。


 今は前のモンスターパニックの影響から地方領地よりも安定している首都で過ごしている貴族の数も自然と多い傾向にあった。

 しかし例えばユダリカの実家であるオズドゥードルはこのリストの中にはない。


 オズドゥードルは基本的に領地である北方から出てこない。

 別邸も首都にはあるのだけどほとんど使われず、国への報告も使者を出して伝えるくらいであるからだ。


「ゼレンティガム……そうか、前に言ってたもんな」


 リストの中にはウルシュナの家もある。

 前に来た時にルシウスが領地に向かうと言っていた。


 しっかりとリストの中に入れてある。


「うん、そうなんだ」


「ウルシュナも行くのか?」


「いく時もあるけど今回は行かない。

 前に行った時に付いてったし、リーデのこと心配だしね。


 また泣き出したら慰めてあげなきゃ」


「も、もう泣きません!」


 リンデランの顔が赤くなる。

 泥棒に入られた直後は盗まれたものの大切さによるショックで泣き出してしまった。


 今でも悔しい気持ちはあるけれどもう泣きはしない。

 思い返してみると恥ずかしくて顔から火が出そうになる。


「ゼレンティガム…………ゼレンティガム!」


「ど、どうかしましたか、イスコさん?」


 これまで大人しくしていたイスコ。

 ゆっくり休んで体調が回復してきてかなり血色も良くなってきたが未だに記憶は曖昧なままだった。


 そんなイスコが急に大声を出したので驚いてみんながイスコを見た。


「ゼレンティガムだ!

 逃げ出す少し前に奴らがゼレンティガムの名前を出していた!」


 ゼレンティガムの前を聞いてイスコは逃げる前のことを思い出した。

 せめて水だけでも欲しいとドアに近づいた時に盗掘団の会話が聞こえた。


 あまり大きな声でしていた会話ではなかったので途切れ途切れだったがゼレンティガムの名前が確かに出てきていた。


「それは本当ですか?」


「本当です。

 細かい内容は聞き取れなかったが何回かその名前が会話に出ていたはずです」


「ウルシュナ、ルシウスさんはいつ出発だ?」


「えっ、えっと明日……」


「明日か……」


「ど、どうしたらいい?

 お父様に行っていくの伸ばしてもらう?」


 ウルシュナも動揺する。

 正直なところこの泥棒事件に自分の家が狙われるなんて思いもしていなかった。


「いや、その逆だ」


 ルシウスが領地に赴くのを止めればおそらく泥棒に入るのは諦めて他を狙うだろう。

 しかしジはそうするつもりではなかった。


「来るかもしれないなら来させてやろう」


 ーーーーー


 頑なだったり頭の硬いお貴族様というものはどうしても存在してしまう。

 柔軟に物事を捉えられなくなったり新たなことを受け入れられないとこの先の変化についていけなくなって危険である。


 けれどその点においてウルシュナの母親であるサーシャは非常に変化を受け入れることが出来る女性である。

 むしろ新しいこと、刺激的なことが好きで面白そうなら協力も惜しまない。


 ルシウスは朝から領地に向けて出発し、サーシャはそのまま家に残っていた。

 ジはルシウスが出発するのを待ってからゼレンティガム家を訪れた。


 そしてサーシャに今起きていることの説明とゼレンティガム家に泥棒が入るかもしれないことを伝えた。

 他の子供、あるいは自分の娘のウルシュナからの話であってもそんなことを言えば真面目に受け取らなかったかもしれない。


 家の警備はしっかりとしている。

 侵入者があろうものなら即座に気づかれて捕まえられる。


 けれどジは子供でありながら子供とはいかないような子供である。

 そんなジが持ってきた話なのでサーシャは最後まで聞いた。


 なんとも面白い話。

 本当ならはまだ警戒せねばならず、それでいながらどうなるのか分からなくて興味を引かれる。


「うちの人に話していたらきっと行くのを取りやめていたでしょうね」


 母親の黒い笑い顔を見てウルシュナが遠い目をしている。

 ルシウスに話していたなら間違いなく領地に行くのを延期していた。


 よく自分に話してくれたものだとサーシャは感謝すらしている。


「それでどうしたらいいのかしら?」


 あっさりと協力姿勢を見せるサーシャの気性は貴族にしては珍しく、非常に良い性格をしているとジは思う。

 話も早くて助かった。


「おそらくかなり気配を察することに長けた人でないと捕まえるのは無理でしょう」


 ソコは魔獣の能力で視認しにくくなり、イスコがあげたクロークのおかげで魔力もほとんど感知できなくなっている。

 盗みに入るなら夜。


 暗い屋敷の中ではソコは多分姿の捉えられない幽霊のような存在になる。

 ゼレンティガムにも熟練者は多いだろうがどれほどの人がソコに気付けるかはわからない。


 確かめようもないし、確かめる時間も余裕もない。


「警備はそのまま、大事なものは事前に隠しておいてください。

 そして逆に分かりやすいところに高く見える物を置いて……」


 ジは事前に考えていた作戦を伝える。


「そして俺とヘレンゼールさんが中に居てもいい許可をお願いします」


「ヘレンゼールを?」

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