先回り4
ジは分かる。
けれどなぜヘレンゼールの名前がそこで出てきたのかサーシャは咄嗟に理解できなかった。
けれどジはヘレンゼールの力も必要であると考えている。
ヘレンゼールはソコを2度捕まえている。
完全に姿を消していた時の話ではないがヘレンゼールも実力者で周りの気配をかなり敏感に感じ取っている。
ジが知る中で気配を感じる能力はヘレンゼールがピカイチである。
多分トップに来るのは師匠であるグルゼイだ。
けれどグルゼイに来るかも分からない相手、しかもジの個人的な友達のために張り込みしてくれないかとはお願いできない。
正確には出来るのだけど師弟の礼儀もある。
出会った当初ならともかく今なら頼んでみれば文句を言いながらもやってくれそうな気がする。
だがやはりジとグルゼイは師匠と弟子なのだ。
打ち解けてきたような関係にもなっているが正しい礼儀というものも意識しなきゃいけないのだ。
ここはジの個人的な用事なのだからどうしようもなくなった時以外はグルゼイに頼るべきではないのだ。
師匠に対する一定以上の敬意である。
「まああの人なら信用できるから構わないわよ」
「ありがとうございます」
たとえヘギウスの騎士であっても簡単には信頼しないがヘレンゼールなら話は別である。
パージヴェルの右腕を務める秘書官。
非常に優秀で文官的な能力もありながらなんで秘書官を勤めているんだというほどの高い戦闘センスもある。
真面目な男でサーシャはウルシュナの護衛としてヘレンゼールを引き抜こうとしたこともあった。
決して縦に首を振らないヘレンゼールには不快感などなくむしろ好感を持っていた。
今でも色々立ち回ってくれているのは知っている。
結果的にはリンデランと仲がいいウルシュナを守ってくれるような時もあるので信頼もしている。
ヘレンゼールなら1人屋敷内に留め置いても何かを盗むことがないとサーシャも断言できる。
「ふふ、あなたとヘレンゼールが相手なら私も安心ね。
泥棒の方が哀れに思うほどだわ」
「本来なら事前に入られないようにお伝えして対策してもらうのがいいのでしょうけど……」
「あら、いいのよ?
対策して防いだところで2度と入らないなんて保証もないもの。
それならここで捕まえて憂いを絶った方が何倍も良いわ」
それにその方が面白い。
最近ヘギウスであった騒ぎも知っているし解決に役立つならいくらでも協力する。
「それにしても……最近うちの娘を連れてダンジョン行ってるんですって?」
「え?
あ、ああ……はい」
「どう、あの子足引っ張ったりしてない?」
目に母親の色が見える。
どうしたって心配してしまうのは母親として仕方ない話である。
ウルシュナに聞いたって大丈夫だとしか答えない。
恥ずかしさやなんかもあるし最近少しばかり反抗期気味なのだ。
サーシャも理解はしてるから無理に聞き出すこともしない。
でも気にはなるのだ。
「ウルシュナはよくやってくれてますよ。
実力も高いし周りのことが良く見えてます。
少し突っ込みすぎるきらいはありますが上手くフォローしてあげればとても心強い戦力ですよ」
「ふーん、あなたの隣に立つのにはふさわしいぐらいかな?」
「そんな……むしろ俺がふさわしくないぐらいですよ」
気さくなので忘れがちであるがウルシュナも大貴族のご令嬢なのだ。
魔獣も強力である。
チラリとジはテーブルの上にいるフィオスを見る。
なぜなのかサーシャはフィオスにもお茶とお菓子を出してくれた。
フィオスはそれをゆっくりと楽しんでいる。
別にフィオスがウルシュナのヴェラインに劣るなど考えていないがやっぱり魔力は比べ物にならない。
立場的なところも考えるとウルシュナがジの隣にいることがふさわしいかを考えるより、ジがウルシュナの隣にいてもいいのか考える方が自然だ。
仮にリンデランでもウルシュナでも笑って一緒にいてくれていいと言ってくれると思うけれど。
ただそこに甘えているだけでもダメなのだ。
「あなたは時に自分を過小評価しすぎよ?
周りが認めてくれるのにそれを否定しすぎちゃ周りも否定することになるわ」
「う……分かりました」
「自分が凄いなどとおごり高ぶるよりは美徳だけれど程度はわきまえなさい」
「はい……」
なんで説教になっているのだ。
でも間違ったことは言っていないのでジも素直に聞き入れる。
「ウルシュナのこと、お願いね」
「……分かりました」
ダンジョンでのことだよな?
とは思いつつそれを指摘すると藪蛇になりかねないのでジは力強くうなずいておいた。
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