先回り2
もう1つ大きな効果もある。
発見や行動が遅れるのだ。
当主がいなければ当主の執務室で何を盗まれたのか分からない。
確認作業にも時間取られる。
さらにその上で当主がいないければ盗まれたことを報告して、そこから届けを出すなどどうしても行動がワンテンポ遅くなる。
今回については味をしめてまだ留まっているようだけど賢い犯人なら捜査が始まる前に逃げていることだって出来ただろう。
「ヘレンゼールさん」
「早速調べてまいります」
最初からでなくともここ数件の窃盗事件に当主不在のタイミングで起きたという共通点が有れば次にどこが狙われるのか絞り込みやすくなる。
ヘレンゼールはリンデランの視線を受けて大きくうなずくと部屋を出ていった。
これまでに起きている窃盗事件について調べに行ったのである。
「ふーん……そういえばうちのお父様ももうすぐ領地に行くな」
「そうなのか?」
「別に珍しいことじゃないよ。
国にそうした報告を上げるのに色々あるらしいから普段はここにいる貴族でも一度領地に帰る人も多いんだ」
「なるほどね」
貴族だからこそ国にある程度活動の報告の義務がある。
不正や不道徳な行いでお金を稼ぐ輩も存在するのでそうしたことがないか国で目を光らせている。
報告をするためにはちゃんとそこに目を通さねばならない。
中には部下に任せきりなんて堕落した貴族も存在しているがルシウスは自分で一通り目を通してチェックする。
パージヴェルやルシウスは領地を持っているのでそこで過ごしてもいいのだけど今はリンデランやウルシュナがアカデミーに通ったりお互いに友人である。
そのために領地ではなく首都に長く身を置いているのだ。
「あんまりそうしている人の数が多いと絞り込みも大変になるかもな……」
やっぱりイスコが何かを思い出してくれないかとジは期待する。
悪人という共通項が外れて対象が貴族、商人に広くなった。
そして新たに当主の不在の家を狙っているという共通項が見つかったかもしれない。
だがそれで絞り込むにはまだまだ範囲が広い。
例えば次に狙う家やどういった相手を狙っているのかとかどんな些細なことでもヒントがあればと思わざるを得ない。
長い監禁と食糧も与えられない過酷な環境でイスコの記憶は曖昧になってしまっている。
表面上は回復したけれど失われた体力まですぐには元に戻らない。
時間をかけて体力を戻しながらどうにか自分の記憶と向き合って早めに思い出してほしい。
「ともかく少しの間ダンジョン攻略は延期だな」
「ごめんなさい……私のせいで」
「なに、リンデランのせいじゃないさ。
アーティファクト取り戻して、ダンジョンさっさと攻略しちゃおう」
「はい!」
ーーーーー
後日またジはヘギウス家に呼ばれた。
ユディットを伴って行ってみるとそこにはリンデランたちだけじゃなくイスコもいた。
「どうやら予想は正しいようです」
ヘレンゼールは他にも起きている窃盗事件を調べた。
表沙汰になっていないものもあったがいつまでも窃盗事件があったことを隠し通せはしない。
よく話を聞いてみるといくつか犯人の目星もついていない窃盗事件において当主不在時に犯行が行われたと見られるものがあった。
どれも盗みの規模としては小規模だがお金や値の張るものが人知れず盗み出されているのであった。
ソコがやったのだとジはすぐにピンときた。
偉い人がいない隙を狙う。
盗掘団としてやってきた経験に基づく判断なのだろう。
「これから当主がいなくなりそうな家のリストをまとめました。
ただ正確な時期は分かりませんし、どこで調べているのか……
いなくなればすぐに調べることはできるのでしょうがこれからいなくなると調べることは容易くはありませんから予想を立てるのは難しいですね」
パージヴェルの時のように当主が動けば周りの人も動く。
どこかに出発すればその時にはいなくなったのだと簡単にわかるので調べることもできる。
しかしこれから出発するとなると家の中での動きなので正確なところは把握しきれない。
ヘレンゼールはよく調べた方である。
「現在まだ首都に住んでいて離れたところに領地がある家門もまとめてあります。
その中からもうすでに領地におもむいて帰ってきた貴族は外しました。
商人についてはもっと予想が難しいですね」
貴族はそうした理由から移動するが商人はまた違う。
貴族と同じように商人ギルドに所属していれば報告することの義務はあるが領地なんて大体の商人にはないものである。
その代わりに商売がある。
例えば別の都市にある店舗や遠くの顧客との商談などで家を空けることは良くある。
商人の移動は貴族の当主の移動よりも分かりにくく流動的で不規則。
移動したとて簡単に調べられないケースもあってヘレンゼールでも把握しきれない。
「この中から次に狙われる相手を予想して先回りするのはおそらく不可能でしょう」
ジもリストをペラペラとめくってみる。
色々な貴族の名前が載っている。
ほとんどの名前なんて知りもしないが知っているような大きな家の名前もリストには書かれている。
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