泥棒の正体5
商会の方で問題でも起きたのかとジに緊張が走る。
「商会に来ていただけますか?」
「分かった」
ニノサンでも対応できない相手なのだろうが正当なお客様でもなさそう。
ジはニノサンと共に商会に走った。
最悪店舗がどうにかなってもみんなが無事ならそれで良い。
そう思っていた。
「みんな、大丈夫か!」
「会長!」
フィオス商会に着いた。
特別見た目には問題が起きているように見えない中に入ってみたけど中もそんなに問題があるようには見えなかった。
「何があった?」
ジはメリッサに事態について尋ねる。
「それが……ちょっと分からなくて。
お客様なんですが、商品を買いに来たお客様じゃなくてジ会長を尋ねにきたお客様のようなんですけど。
目的も言わないで会長を呼んでくれ、お願いだとしか言わなくて……
見た目にはボロボロなので物乞いかと思って追い返そうともしたんですけど本当にお知り合いならかもしれませんし。
それに……ちょっと臭うと申しますか……」
困り顔のメリッサ。
視線の方向からその招かれざる客は奥の部屋に通したらしい。
どんな相手が聞いてみるとひげ面の中年男性だという。
大きな特徴もなくてジにも心当たりもない。
会ってみるより他にない。
ジはニノサンを後ろに付けて、フィオスを盾にする。
とりあえず剣までは抜かないけれど襲撃されても防げるような心構えはしておく。
「入りますよ」
ノックをして部屋に入る。
ふわりと鼻に臭う。
髪肌にツヤがなく顔もヒゲだらけで髪もボサボサの男性がイスに座っていた。
ジの知り合いではない。
それに見た目と臭いで分かるのは少なくとも数日身なりを整えるようなことをしていない。
水を被ったり体を拭いたりなんてことをしておらずに放置している。
過去ではこのような身なりの人を見かけることも多かったのですぐに分かる。
というかジでなくても分かるだろう。
「き、君がジ君……かい?」
男は入ってきたジを見て立ち上がる。
なんだか少し動きがおかしい。
よく見ると右足をあまり床につかないようにしている。
「ううっ!」
顔をしかめて足を引きずるようにしてジの前に寄ってくる。
ニノサンがジを守るように前に出る。
その間にも相手が誰なのか必死に思い出そうとしてみるけど過去に会った記憶も、今の人生で会った記憶もない。
「うっ!」
男はジの前で膝をついた。
引きずる足がもつれたのか、わざと床に座り込んだのかジには判断できない。
「それで、何の用ですか?」
唇を震わせて言葉に詰まる男にジが用件を述べるように促す。
「た、頼む……助けてほしいんだ」
「助けて、ほしい?」
想像していなかった答え。
何から、何を、どう助ければいいのか。
話は少し進んだけれど答えはまだ出ない。
「俺の甥っ子を……ソコを助けてやってほしいんだ!」
「……なんだって?」
さらに予想だにしなかった名前が男の口から飛び出してきた。
ソコは海に面した港町であるボージェナルで出会った少年で、父親が魔神崇拝者にさらわられてジが助け出した。
不思議な交流があってソコとジは友達になった。
しかしソコはボージェナルにいるはずだし、父親も帰ってきて平和に暮らしているはずだ。
なのにどうして見知らぬ男がソコを助けてくれだなんてジのところを訪ねてくるだろうか。
「頼む……お願いだ……ソコを」
「お、おい!」
呂律が回らなくなった男はジに手を伸ばして急に気を失ってしまった。
なんだか分からないけれどこれは緊急事態だ。
ニノサンには悪いけれど再び走ってもらって家にいるエを呼んで来てもらうことにした。
「な、なんの音ですか?」
メリッサにお店を閉めてもらおうと指示を出していると低い音が鳴り響いた。
その発生源は男の腹だった。
「なるほどね」
なぜ男が気を失ったのかジは理解した。
色々準備する必要がある。
ジはメリッサと店員として働いているニックスにお金を渡して必要な物を買ってくるようお願いした。
過去ならこうした臭いも気にならなかったのにしばらくこうした人と会わなかったせいか中々キツいものであるとジは思った。
口周りに布を巻いて丸まるようにして気を失っている男を横にしてやる。
ジの体格ではそれが限界だ。
何があったのかを考えているうちにニノサンがエを連れて戻ってきて、メリッサとニックスも買い物を終えて帰ってきた。
「ん……」
「目を覚ましたか?」
さらに準備をしていると男が目を覚ました。
「俺は……」
「気を失っていたんですよ。
これ、食べてください」
ジは器に入ったスープを差し出した。
しばらく綺麗にしていない身なり、大きくなったお腹。
このことから男は極度の飢餓によって気を失ったのだとジは予想した。
ひげ面のために分かりにくいが近寄って確認すると頬もこけている。
メリッサとニックスにお願いして色々と食べ物も買ってきてもらった。
しかししばらく何も口にしていない人にいきなり食べ物を食べさせるのは良くないので適当にスープも用意した。
「これを飲んで落ち着いたら少しずつ食べてください」
ジの思いやりに男の目がうるみ始める。
「すまない……ありがとう……」
「一気にはダメですよ」
飲み干してしまいたい気持ちを抑えて男はジに従ってスープを一口ずつ味わうように飲んでいく。
涙が出てくる。
申し訳なさと情けなさとありがたさと温かさ。
男の人生の中で最も美味しいスープだったかもしれない、そう思うほどだった。
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