またまたダンジョン6

「みんな……」


「ジ!」


「ジ君!」


「おい、大丈夫か?」


「うん……」


 まるで水の中にいるような感じだった。

 視界がぼんやりとしていてみんなが覗き込んでいることは分かったけれどどんな表情をしているかまでは分からないような見え方。


 だけど気分は良い。

 過去ではこんな風に顔を覗かれる時なんて道端で寝てしまって生存確認される時ぐらいだった。


 それも何か盗めるものはないかと探るためにそうしている。

 今はみんなが心配して顔を見てくれる。


「……何で笑っているんですかね?」


「知らん。


 ボルヴィーの息にどんな効果があるのかも分からないからな……」


 ジはヘラリと笑っていた。

 なんだかとても幸せそうに見えて、ユディットは首を傾げた。


「俺は幸せだよなぁ」


 ジはつぶやいた。

 ポツリと小さな声だったけどみんなが集まっているのだからどうしても聞こえてしまう。


 手を伸ばして胸の上にいるフィオスをゆっくりと撫でる。


「こんな美人に囲まれて、心配されて。

 優秀な騎士がいて。


 お金の心配だってないし、食べ物だって困らないし。

 すごく……幸せだ」


 少し呂律が回らないように言葉を続ける。


「フィオスに出会えたことも幸せだぁ。

 最高のパートナー」


 フィオスが胸の上から移動してジの顔に身を寄せた。

 スリスリとフィオスがジの頬に体を擦り付けている。


「んー、どうした?

 おー、おしよし」


 ジはそれに答えてフィオスを撫でる。


「……なんか、酔っ払ってるみたいだな」


 見ている方が恥ずかしくなるような気がしてきてウルシュナは苦笑いを浮かべた。


「美人って言われちゃいました」


 一方でリンデランは都合の良いところだけ聞き取って頬を赤くしている。

 リアーネも美人って言われて嬉しそうにしている。


「優秀な騎士……ですか」


 ユディットも思わず口元が緩む。

 普段からジは褒めてくれる。


 でもやっぱりリアーネもいて、最近ではニノサンもいて不安なこともあった。

 こんな状態の時に口から出てきたからこそジの本心なのだろうと思えてしまう。


「えいっ!」


 まだ冷静なエはヘラヘラするジがジっぽくなくて気に入らなくて、頬を強めにつついた。

 せっかく治療してあげているのにちゃんと治らないのも気に食わなかった。


「エか……」


「ふえっ!?」


 ジはムニムニと頬をつつく手を取って頬に当てた。

 そんな風にされるとは思っていないエは途端に顔を赤くした。


 真っ赤なエの容姿はぼんやりとした視界の中でもよく分かる。

 どんな顔をしているか分からないけど笑ってくれていると良いなとジは思った。


 過去では悲しげな表情ばかりさせてしまった。

 突き放して冷たい言葉をかけて最後には自己嫌悪に陥って、エが来なければとひどく拒絶した。


 でも今回はそんなことするつもりはない。


「優しい手だ……」


「ちょ……ジ!」


 イジワルのつもりで頬をつついたのにどうしてこんなことにとエは慌てる。

 ただジは一応病人というか、ケガ人というか、正常な状態でもないのだし強く振り払うのもためらわれた。


 別に、嫌でもなかった。

 みるみるエの顔が赤くなっていく。


「いつも悪いな……そしていつもありがとう」


 ジは今過去のエの姿を思い浮かべていた。

 常にジのことを気にかけてくれた優しい女性で周りを照らすお日様のような人だったなと思った。


「みんな、いる?」


「いますよ、会長!」


「ジ君大丈夫ですか?」


「本当大丈夫?」


「いー加減放してよぅ……」


「こうした姿も悪かないけど普段のジの方がいいな」


 みんなの声がする。

 それが嬉しくて、ジは笑った。


 もちろんいるよ、そういうようにフィオスもプルプルと震えた。


「みんな……大好きだよ。

 ありがとう、側にいてくれて。


 ありがとう……」


 ホッコリしたような、それでいながら恥ずかしさもあるような不思議な空気。

 ボルヴィーの息には幻覚作用がある。


 意識が混濁して幻覚を見るのだけどジは吸い込んだ息の量が少なく中途半端に意識が混濁していた。

 エはまだ未熟で精神作用系に対する治療を習っていなかった。


 あまり被害に遭う人が大神殿に運ばれてくる機会も多くないしエが治療にあたることもなかったからだ。

 ともかくジはボルヴィーの息によって起きているけど夢の中にいるような気分になっていた。


 フワフワとして胸が軽くなるような、そんな夢。

 普段からジが思っていることがその軽さに押されて出てきてしまったのである。


 その後もジはユディットの良いところを羅列してみたりと口が軽くかった。

 そのことは良いのだけど見ているヘレンゼールとしてはなんだこの集団と思わざるを得なかった。


 褒められたりする当事者なら気分もいいのかもしれないが蚊帳の外でじっとしているヘレンゼールからしてみると中々奇妙な光景である。

 時間が経ってくるとジの症状も落ち着いてきた。


 あまりボルヴィーの息を吸い込まなかったので効果もそれほど長いこと持たなかったのだ。


「………………殺してくれ!」


 幻覚作用があっても記憶まで消してくれない。

 何を言ったか、何をやったかジは覚えていた。


 正気に戻ったジは顔を真っ赤にして手で覆い、床に丸くなる。

 ヘラヘラして子供っぽく笑うジの顔はみんなの心にしかと刻まれているのであった。

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