第八章

お友達が増えました

 腹が満ちれば意外と不満も少ないものだ。

 ニグモや悪魔たちは姿を消して食料の輸送に問題はなくなった。


 ジの開発した馬車も大いに活躍してくれて高速輸送に一役買ってくれた。

 新たなる食文化の流入に人々も困惑していたけれどいかにそれを拒絶しようと思っても空腹に勝てはしない。


 食べ慣れないものも多くあったけれど空腹は何にも勝るスパイスであるので食べてみると意外と美味いと受け入れられ始めるのも早かった。

 政治に集中していた批判も物が食べられるようになると減っていき、生活の忙しさの中に不満は消えていく。


 ジも自分の役割は終えた。

 リンデランたちも食料の供給が安定し始めたので首都に戻ることになった。


 表向きには残虐非道な大規模な海賊であったことになったニグモの事件の調査などで多少長めに滞在することにはなった。

 しかし荒れた洞窟の実験場跡やジたちの証言から分かるのは非人道的な実験が行われていたということだけだった。


 残されていた資料なども燃やされて灰になっていた。

 黒い石も洞窟中を探したのだけれど1つも見つけられなかった。

 

 ジたちの証言をもとにして魔物の解剖が行われて魔物の胃に黒いものが張り付いていることが確認された。


「特別監視対象?」


 どの道事態が大きすぎてジも関わってはいられない。

 目標は平穏無事に暮らすことなのに何で悪魔とかリッチとかに顔突っ込まねばならないのか。


 愛しのぼろぼろ我が家に帰ってきていつもの日々を過ごしていたのだけどある時ウィリアが訪ねてきた。


「はい、協力いただいたのに申し訳ないのですが……大体異端審問部の人って融通がきかなくて。


 私がやることになった以上多少の気はきかせてくれたのだと思いますけど」


 何気ない日々満喫していたらウィリアから飛び出した言葉が特別監視対象という言葉だった。

 どうやらその特別監視対象とやらにジがなってしまったようだ。


 上下関係の厳しい異端審問官なので洞窟であったことをウィリアやヘーデンスは真面目に報告した。

 色々見るべきところの多い報告ではあるのだけどケッサのことは大きく異端審問官の間でも注目を集めた。


 友好的な悪魔の存在に衝撃が走り、その交渉役となったのがジであることもしっかり報告書に記載されていた。

 そのためにジは悪魔と接触したものとして監視されることになった。


 魔神崇拝者として異端に落ちたり、悪魔と禁忌の契約を結ぶ可能性がある者、あるいは近い者や家族などが悪魔と関わり持った者のことを異端審問官が監視することがある。

 こうした人は隠れて魔神崇拝者として活動していたり時間を置いて接触があることもあるので長期間の監視が付けられる。


 その監視の対象に選ばれた人のことを特別監視対象と呼んでいる。

 要するに異端審問官に疑われているのである。


 しかしグルゼイに連れられて異端審問官の協力者となっているジであるので一定の配慮がなされた。

 本来ならこっそりと監視されるところを監視の対象であると本人に伝える配慮というか、なんというか面倒なことをしてくれた。


 これならこっそり監視してくれとジは深いため息をついた。


「ウィリアさんが担当に?」


「はい。


 お父さんが掛け合ってそうしてくれたみたいです」


「まあ……ウィリアさんなら」


「常に監視を行うわけでもないので。


 定期的に様子を伺って上に報告を上げるだけです。


 私も仕事ありますし」


 そしてその監視を行うのがウィリアであるという話でもあった。

 どうにも魔神崇拝者や悪魔が国を狙っているようなのでこの国での異端審問官の活動を強化することにもなった。


 一時的な拠点を設けて異端審問官は活動していたのだけど本格的に支部を置いて活動することにしたみたいでウィリアはそちらの事務的な作業をメインにやるらしい。


「監視対象でもありますが協力者でもある……なので非常に複雑なのですが監視しながら情報共有もしますので」


 そんなんでいいのかと思わざるを得ないがいいのである。

 ジに対して懐疑的な連中にはジのことを特別監視対象として監視しているとだけ伝えておけばよい。


 バルダーの豪快な笑い声が聞こえてきそうなやり方だ。


「いつ特別監視対象から外れるのかまでは分からないので少し長い付き合いになるかもしれませんけどよろしくお願いします」


 ウィリアは申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を下げる。


「まあ知らない奴に監視されるぐらいならウィリアさんでよかったですよ」


 これでバルダーとかだったらめんどくさそうで変えてくれと直談判していたかもしれない。


「やましいことなんて何一つありませんから好きに監視してください」


「ジ君……重ね重ねありがとうございます!」


 ちなみにユディットやニノサンも監視対象だけどこちらは特別が付かない。

 違いは一定期間で監視が外れることでジを監視するついでに監視するみたいだった。


「何が出来ることがあったら何でも言ってくださいね!


 ジ君は命の恩人ですから!」


「その時が来たら頼らせてもらうよ」


「お父さんもこちらの支部長になったので是非ともジ君に恩返ししたいって言ってました」


「あっ、バルダーさんもいるのね」


 実際のところウィリアがこの国の担当になったのは偶然ではない。

 悪魔と接触したのはウィリアも同じ。


 そのために内部での監視の対象になっているのだけど仮にウィリアに悪魔が接触を図ってくるのなら好都合。

 その時に捕まえればいいという話になり、接触してきそうな国に留め置いて泳がせることにもなっていたのである。


 もちろんそんなことバルダーが許さないのだけど組織というのは個人では何ともし難いところもある。

 そのためにウィリアを守るためにバルダーが支部長として立候補、もとい自分をねじ込んだのである。


「何はともあれただお別れじゃなくて嬉しいです。


 よろしくお願いしますね、ウィリアさん」


「ええ、私も嬉しいです。


 改めてよろしくお願いします!」


 監視されるということを考えると気分は複雑であるが異端審問官に守ってもらっていると前向きに考えると心強くある。

 また面白い友人が増えたものであるとジはウィリアと握手を交わしたのであった。

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