良い悪魔4

「ここは不愉快な魔力や生命の気に満ちています……


 全てを止めねばならない」


「……この先に俺たちをさらった奴らの実験場があります」


「なるほど」


 これはチャンスだと思ってたたみかけたジだったがケッサはその思惑を見抜いてニヤリと笑う。

 みんなは強いけれど敵がどれぐらいいるのかも分からず、どんな魔物が待ち受けているのかも不明だ。


 どうせ敵対しているようならケッサも一緒に来てくれれば安心。

 洞窟は複雑で道を知らねば抜けるのも一苦労でケッサも手間は省きたかろうと思った。


 案内するから一緒に行動させてほしい。


「いいでしょう。


 ただもう一度あの方が切り掛かってきたら今度は殺しますよ」


 倒れるヘーデンスに視線を向ける。

 攻撃しておいてそう何回も生かしてやるほどケッサも甘くはない。


 一度チャンスをやったらそれで十分である。


「……あはは、努力します」


「それと不思議な匂いがしますね」


 ケッサはわずかに鼻を動かした。


「匂いですか?」


 ジもクンクンと匂いを嗅いでみるけれど何のことか分からない。


「少し……香ばしいような、それでいながら若干の生臭さもある」


「それってまさか……」


「まさか?」


「ウィリアさん、ちょっとお願いしても?」


「な、何をですか?」


「お魚、焼いてあげてください」


「えー……わ、分かりました」


 きっとこの場に漂う不思議な匂いは魚の匂いだ。

 先ほどまで朝食をとっていたのだからまだ魚の匂いがしていてもおかしくない。


「おお、この匂いですね」


 接待は大事。

 気になるというのならとりあえず提供しておく。


 その間にジはヘーデンスたちを拘束することにした。

 申し訳ない気持ちもあるけどあの様子では有無を言わさずまたケッサにかかっていくような気がする。


 落ち着いたり説得する時間を作るためにもまずは動けないようにしておかねばならない。

 またケッサにかかっていけば今度こそ命はない。


 船というやつにはよくロープが使われる。

 時間が経ってかなり劣化しているけどまだ形を保っているロープもあったのでそれを持ってきて異端審問官の手を後ろにして縛る。


 ロープが古くなっていて力のある人なら引きちぎれそうだったのでヘーデンスだけは特別にロープ以外で拘束することにした。

 それはフィオスである。


 ヘーデンスの両手にまとわりついたフィオスは金属化する。

 簡単強力な手錠の完成である。


「意外と美味しいですね」


 ケッサはウィリアが焼いた魚の干物を食べていた。

 出しておきながら普通のものも食べるんだなと少し驚いた。


「ケッサさんは……なぜここに?」


 勇気を出して聞いてみる。

 ケッサが強いことや理由がなければ人を害する悪魔ではないことは分かった。


 だけど堂々と悪魔の姿を晒しているし人の世界に溶け込んで生きているようには見えない。

 つまりはいつもは人の世界にはいないはずだ。


 ここがどこかも分かっていないけど悪魔の領域ではないだろう。

 なぜケッサがここにいるのか気になった。


 あとはヘーデンスを説得するためにも情報は欲しい。

 とにかく手伝ってくれそうだからではヘーデンスも納得しない。


「君ももう巻き込まれた当事者のようですし少しお話しして差し上げましょう。


 私は調査のためにここに来ました」


「何を調べにですか?」


「最近我々の派閥に属する下級悪魔の失踪が相次ぎました。


 いなくなっても気には留めないのですが他の派閥でも失踪が頻発していることをたまたま耳にいたしまして、その理由を調べていたのです」


 失踪事件と聞くと人の側でも同じことが起きているなとジは思った。


「基本的に悪魔は大きく群れることもないので下級悪魔の居場所など誰もしなかったのですが怪しい痕跡を見つけまして。


 そこから辿っていき、転移魔法を見つけました。


 その行き先がここだったのです。

 見つからないように少し座標をずらして転移し、ここを探索していたらあなたに会いました」


「あの黒い石って…………その……」


「勘のいい子ですね。


 あの石は私が探していた悪魔だったものでしょう」


 淡々と話しているように見えるケッサだが石のことに触れると目が冷たくなる。


「下級の悪魔とはいえあのような姿になることを自ら望んだとは思えません。


 明らかに上級の悪魔が関わっている……


 そんなにオモチャが欲しいのなら自分の派閥から弄べばよいものを……」


 弱肉強食の世界観が強く弱いものが強いものに利用されることもままあるのが悪魔というものだ。

 だからといって暗黙の内にルールもある。


 悪魔にも派閥があって他の派閥を荒らしてはならない。

 争いは仕方ないこともあるがこれは明らかに他の派閥に対する侵略とみなされる。

 

「どうやら悪魔だけでなく人もかかっているようですね。


 全員死んだ方がマシだという目に遭わせて事の真相を聞き出しましょう。


 裏にいる存在を明らかにするのです」


 つまりケッサは今回の事件に関わりがある悪魔ではない。

 むしろ利害関係でいえばジたちに近く、この事件を追いかけている悪魔なのである。


 そしてこの事件の裏には悪魔がいる。

 かなり闇の深そうな事件である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る