良い悪魔2

「何者だ!」


 1番初めに気が付いたのはジであった。

 みんなも起き出してきたのでそろそろ移動しようかと思っていたタイミングであった。


 暗闇広がる洞窟にジの言葉がこだまする。

 ジが剣を抜いて警戒するのを見てヘーデンスを始めとしてニノサンやユディットも警戒する。


 他の人はなんだか分からない様子であるがジがむやみにそんなことをしないと分かっている人たちは何かがあるのだとジから察した。


「勘の鋭い……いや、何かの能力でしょうか?」


「……悪魔!」


「待ってください。


 戦うつもりは……しょうがないですね」


 暗闇から男が1人姿を現してヘーデンスから強い殺気が漏れ出した。

 ただの人ではなかった。


 肌は紫がかったように黒く、頭にはツノが生えている。

 かつてジたちを誘拐した悪魔もこのような姿をしていたことを思い出した。


 異端審問官にとって不倶戴天の敵が目の前に現れた。

 ヘーデンスを始めとした異端審問官たちは一斉に悪魔に襲いかかった。


「ユディット、ニノサン、待て」


 同じく悪魔に切りかかっていこうとしたユディットとニノサンをジが止めた。


「しかし……」


「なんだか様子がおかしい」


 素手のまま抗戦の構えを見せる悪魔。

 切りかかった異端審問官の攻撃をかわして腹に掌底を決める。


 ぶっ飛んできた異端審問官の鎧にはくっきりと手のひらの跡が残っている。

 強いなとジは思った。


 掌底を決めた悪魔に切りかかった異端審問官も胴に蹴りを食らって壁に叩きつけられて気を失う。


「貴様ぁ!」


 ヘーデンスが剣を振る。


「ほう?」


 完全に見切ってかわしたつもりだったのにヘーデンスの剣が頬をかすめた。

 続いて激しくヘーデンスが切りつけるが悪魔はギリギリで回避していく。


「加勢しなきゃ危ないのではないですか?」


 悪魔の方にまだ余裕を感じてユディットが焦る。

 このままヘーデンスがやられてしまうと次は自分たちの番で、今ヘーデンスと一緒に戦う方がいいのではないかとジを見た。


「……フィオスが危機を感じていない」


「え、フィ、フィオスが?」


 そう、悪魔には余裕があるように見える。

 つまりわざわざ鎧がへこむほどの掌底を鎧に当てることもなければヘーデンスを相手に回避ばかりしてある必要もないのだ。


 フィオスも脅威を感じていない。

 あの悪魔に敵意とか殺意がないのである。


 ジたちを害そうという気が悪魔に無いのには何か理由があるはず。


「……君を制圧するのは難しそうですね。


 少し大人しくしてもらいましょう!」


「グゥッ!」


 悪魔の拳がヘーデンスの腹に突き刺さり、ヘーデンスの体がくの字に曲がる。


「負けるか!」


 それでもヘーデンスは歯を食いしばって反撃を繰り出した。

 ほんの一瞬、悪魔と目があったようにジは感じた。


「話が通じそうな方がいらっしゃるのであなたは寝ていてください」


 喉元を浅く切り裂かれるけれど悪魔は表情1つ変えなかった。

 もう一度ヘーデンスの腹を殴りつけた悪魔はすぐさま逆の拳でヘーデンスの顎を殴りつけた。


 ヘーデンスの動きが止まって、わずかな間をおいてヘーデンスの膝がガクンと折れて地面に倒れた。

 狙い澄ました一撃でヘーデンスの意識を刈り取った。


「……そう、警戒なさらないでください。


 あなた方に危害を加えるつもりはありません……そちらから来ない限りは」


「2人とも、武器をしまうんだ」


 悪魔はとても澄んだ目をしていた。

 人を見下して嘲笑するよう目でも、ジたちを害そうしているような目でもなかった。


 圧倒的な強さが故に威圧感を感じるがそれはジたちが勝手に感じているだけだ。


「まだお若そうなのにご賢明な判断ありがとうございます」


「俺たちが全力を出したって勝てる相手じゃなさそうですしね」


「ふふふ……そのようなお考えができるのは素晴らしいですよ」


 言ってることは上から目線ぽくはあるがバカにしたような感じではない。

 勝てないことを素直に受け入れられるのも生きていくには必要なことである。


 受け入れることができないものも時にはいるので悪魔は素直に感心していた。


「あなたは何者ですか?」


「見ての通りですがあなた方が悪魔と呼ぶ種族です。


 名前はケマルヒャッサ。

 ケッサと呼んでください。


 勇気ある小さき者よ、あなたのお名前もお聞きしても?」


「ジと言います」


「ジですか。


 よろしくお願いします」


「は、はい」


 なんというか掴みどころのない雰囲気がある。


「ジ、あなた方はどうしてここにいるのですか?


 事と次第によっては……あなた方を殺さねばなりません」


 ニコリと微笑んでケッサはとんでもないことを口にした。

 もうすでに強張っていた他のみんなの顔が一瞬にして凍りつく。


「俺たちは連れ去られてここに来ました。


 理由も知らないです」


 嘘偽りなく真っ直ぐに答える。

 これでダメだったら戦うしかない。


 連れ去られて来たのにそれで殺されなきゃならないなんて理不尽なことになるなら全力で抵抗する。


「連れ去られて……なるほど。


 ならばどうして彼女から悪魔の気配がするのですか?」


「へっ……わ、私ですか!?」


 ケッサが指差した先にはやや気配を消すようにしていたウィリアがいた。

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