良い悪魔1

「きっとすぐに逃げ出したことに気がつくだろうな」


「気づかれても追いかけられはしないので大丈夫でしょう」


 せっかくフィオスが広げた穴も仕方なく塞ぐことになってしまった。

 まずは武器が落ちているところに向かう。


「ああ、良かった……」


 そこにはヘーデンスや異端審問官たちの装備もちゃんと落ちていた。

 漁師たちもそこで武器を拾っていく。


 漁師だから戦えないなんてことはない。

 海にも魔物が出たり魚の取り合いをすることもあるので多少は腕に覚えもあるのだ。


「陽の光だ……!」


 そして今度は船の墓場に向かった。

 長いこと閉じ込められていた漁師の人たちは陽の光が差し込むところに倒れ込んだ。


 船に乗っていると時に疎ましく思うこともあった陽の光をこんなに恋しく思ったことなどなかった。

 わずかに感じる温かみに涙が出そうな気分にすらなる。


「……もう夕方か」


 ジが最初に来た時と比べると空の明るさは少し落ち着いていた。

 時間が経って日が傾いているようだった。


「どうします?」


 一応この場における判断はヘーデンスに任せる。

 異端審問官の隊長までいてジが率いていくのもおかしい。


「……敵が来ないのならこのままここで休もう。


 みんなも陽の光をまだ浴びたいようだしな」


 それにこれから夜になる。

 一般的には夜の方が魔物の動きは活発になって凶暴になると言われる。


 魚の魔物にその理論が当てはまるのかは不明であるが夜逃げて外に出られても外は夜だ。

 逃げるにしても外が暗ければ不利になる。


 今現在の久々に陽の光を浴びて心が軽くなっている状態で休んで朝に動き出した方がみんなのためにもいい。

 異端審問官が交代で見張りに立つことになった。


「ジ君は地面に寝ても大丈夫なんですか?」


 鎧をつけたままでは寝られないのでウィリアも鎧を外して地面に寝ようとするけど固くて寝られそうにないと顔をしかめていた。

 けれどジは普通に寝ようとしている。


「これでも貧民ですからね」


 ジの言葉にウィリアがハッとする。

 基本地面になんか寝やしないけどしばらく床と変わらないような環境で寝ていた。


 もちろん今はもうちゃんとした寝具を使っている。

 でも固い床で寝るぐらいのことまだ忘れはしない。


 でも床で寝るのにも1つジにはアドバンテージなことがある。


「あとフィオスもいますから」


 ジはフィオスを頭の下にして寝転がる。

 フィオスが頭から首まで柔らかく受け止めてくれる。


「あっ、ずるいです!」


 頭が地面につかないだけ違う。


「よいしょ」


「ジ君?」


「あんまり綺麗じゃないかもだけど頭の下にでも敷いてください」


 ジは上体を起こすと上の服を脱いだ。

 そして丸めてウィリアに渡した。


 1日以上着ていて綺麗な服じゃないけどまくらがあるだけ違うことはジが1番知っている。

 女性のウィリアが上の服を脱ぐのは厳しかろうけどジが裸になったところで気にする人はいない。


「ジ君、モテるでしょ?」


「そうでもないですよ?」


 さりげなく細やかな気遣い。

 よく考えてみればジがここにいることになったのも船の上で先に落とされそうになったウィリアを助けてくれたことから始まっていた。


 そのために船の縁に近いところで戦うことになって結果的にジが海に引きずり込まれてしまった。

 これまで年下に惹かれたことはなかったけれ服を枕にしてくれたことはちょっとドキッとした。


 周りに男性は多い環境にいるけれどこうした気遣いができる人は少ない。

 なんなら多少臭ったっていいと思って遠慮なく服を枕にしたけれど臭くはなかった。


 すでに空は赤みが取れて黒くなってきている。

 見える隙間からチラチラと星が輝き始めて夜を迎えた。


 休める時に休んでおかねばならない。

 嬉しさにちょっと震えていたフィオスもジが寝ようとしていることを察して震えなくなった。


 ジは目をつぶりフィオスに頭を預けて寝始めた。


 ーーーーー


「お腹すいた」


「余ってた魚がありますよ」


「じゃあそれ食べます」


「炙ってあげますね」


「私も……」


「隊長は自分でやってくださいよ」


「な、冷たい……!」


 気づけば空が青くなって朝になっていた。

 ポソリつぶやいたジの言葉にウィリアが反応した。


 魚の干物が余っていた。

 それを火の魔法で軽く炙ってくれる。


 ヘーデンスが自分も食べたいと口にするけれど冷たくあしらわれた。

 ここで優しくしてきた差が出た。


「どうですか?」


「美味しいです」


「良かった」


「かいちょーまたモテてます……」


 炙られて旨みも出て温かくもなった魚を食べる。

 良い焼き加減でとても美味しい。


 ウィリアはニコニコと微笑み、ユディットはそんな様子を見て遠い目をした。


「主人はおモテになられるのか?」


「モテますよ。


 羨ましいほどに……」


「なるほど。


 さすが英雄は色を好むと言いますからね」


 確かに初めて出会った時もジがリンデランとウルシュナの2人の女の子を連れていたなとニノサンは思った。

 だからといって女性に手が早いとかそんなことでもなさそうだ。


 下手すると恨みを買うことはありそうだけど女性に無理を強いるような性格でなく、モテてしまうのならしょうがない。

 ただユディットは他はともかく顔は勝てないなと優しくジを見るニノサンの横顔を見て思っていた。

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