攫う相手を間違えたな4
ジとヘーデンスが同時に剣に手をかける。
ヒタヒタと歩く音が聞こえてきて、一瞬2人は視線を交わして剣を抜く。
「……助けられるかもしれないんだよな?」
「可能性はあります」
「なら少しそこで待っていてくれ」
姿を現したのは人が魔物にされたとされる魚の魔物だった。
周りを見て驚いたような顔をして奇妙な叫び声を上げる。
真剣な顔をしたヘーデンスに言われてジは一歩後ろに下がる。
「殺さず、というのもなかなか難しいのだがな」
口を大きく開いてヘーデンスに襲いかかる魔物。
剣で牙を防いで思い切り腹を殴りつける。
やはり素手で相手にするにはウロコは固い。
けれど1体だけを相手取るなら脅威でもないので少しずつヘーデンスは攻撃を強めて試してみることにした。
若いのに異端審問官の隊長になるだけはある。
戦いのセンスが高く剣で魔物の攻撃を防ぎながら魔力を込めた拳で反撃を繰り出している。
「結構強くいっても大丈夫そうだな!」
一際強くヘーデンスの拳に魔力が集まった。
爪を振り回して体勢を崩した魔物の顔面をヘーデンスは思い切り殴りつけた。
壁に叩きつけられた魔物は動かなくなって倒れた。
「ふん……痛いな」
ヒラヒラと手を振る。
魔力で覆って強化していたのに固くて少し拳が赤くなっていた。
「ジ君、救えるかやってみてくれないか?」
「分かりました。
フィオス、頼む」
ジは盾にしていたフィオスをスライムに戻して地面に優しく置く。
フィオスが体を広げるように魔物を飲み込むと口が勝手に開いた。
フィオスが体の中に入っていっているようだ。
「どうしたのだ?」
「……どうやらダメみたいです」
少し待ってみたけどオゾの時のように石が出てこない。
そしてそのままフィオスは魔物を包むのをやめてジのところに帰ってきてしまった。
何が起きているのか分からないけれど失敗したようだ。
「……ならば申し訳ないがどうなっているのか見させてもらおう」
ヘーデンスはまず魔物の首を切り落とした。
人に戻せないのなら殺してやるのがある種の助けであるだろう。
そしてそのまま剣を原に突き立てて切り開く。
ちょっとグロテスクな光景だがマーマンを捌いて食べたりしたのだからそれとあまり変わりないと思うことにした。
「石を飲み込んだのなら胃だろうか」
ここら辺の思い切りは異端審問官らしいなとジは思う。
ヘーデンスは表情1つ変えずに胃を切り裂いて開いた。
「……なんだこれ?」
「おそらく飲み込んだ石何だろうな」
胃の内側は黒い石が広がって完全に癒着していた。
一部ぽこりと盛り上がったところがあるのでこれが魔石のあるところだろうとヘーデンスは見ている。
オゾの時は何らかの要因で体との融合が上手くいかなかったのだ。
このように黒い石が完全に体と一つになってしまうと人としての意志を失って魔物になってしまう。
原理は知らないけれど何と非道な行いだろうか。
しっかりくっついているのでフィオスも石を剥がすことができなかったのである。
「ひとまずここから離れよう。
この魔物が来たってことは誰かを連れて行こうとしていたはずだ。
戻ってこなければ不審に思うだろう」
「そうですね」
ジとヘーデンスは魔物の死体そのままに穴に潜り込む。
そして向こう側に抜けたヘーデンスは魔力を込めて壁を切り付けて崩落させて穴を塞いだのであった。
仮に何かがあったことを察知されても穴もなければ何があったのかはもはや分からない。
ジたちを探すことも不可能である。
「……遅い!」
ニグモは苛立っていた。
実験をするために人を魔物に連れてこさせようと命令したのだがいつまで経っても帰ってこない。
黒い石を持ってこさせようとした魔物も帰ってこないので別の魔物を向かわせた。
そいつはすぐに戻ってきたが最初の魔物は何をしているのかイライラは募るばかりだ。
「そう怒らずに」
「うるさい!
全くもって使えん奴らばかりだ!」
「異端審問官も捕らえたのでしょう?
もしかしたら抵抗しているのかもしれません」
ニグモの後ろにいるのも魔物。
しかしそれはジたちが実験場で見たより人に近い姿をしている魔物であった。
流暢に人の言葉を話している魔物をニグモは苛立ちを込めた目で睨みつけた。
「ならお前が見てくるんだ。
異端審問官が抵抗しているとは言ってもどうせ素手であろう。
無駄にかかってくるようなら殺しても構わん」
「いいんですか?」
「ワシがいいと言っているならいいんだよ!
もうこちらにも時間がない!
いい実験材料になるかもしれんが今は悠長に取り押さえている暇もないのだ!」
「……分かりました」
ブンブンと杖を振り回して怒るニグモにうやうやしく礼をして魔物は捕らえているはずの人たちがいるところに向かう。
「……クソジジイ」
ぶっ殺してやろうかと魔物は密かに怒りを抑えていた。
少しでも気に入らないことがあると怒り散らすニグモのことを殺してしまいそうなぐらいに思っている。
ただ今はまだ利用価値があるから殺さないだけで本来なら命令されるような立場ではないのにと魔物はニグモの首をへし折る想像だけで我慢しようとしていた。
さっさとやらねばまた小言を言われる。
魔物は崖から飛び降りて捕らえている人を閉じ込めているところに降り立った。
「いない?」
まだそれなりの人数がいたはずだと思ったのに誰一人として姿が見えない。
「奥にいるのか?」
何をされるのか分かっていなくてもどこかに連れていかれることは知っている。
ならば少しでも隠れようと奥に逃げていることもあり得る。
「なんだ……これは!」
誰もいない。
不審に思っていると足に何かが当たった。
それはヘーデンスによって切り落とされた魔物の頭だった。
「いない……何があった!」
壁際には頭部を切断されて倒れている魔物の死体があるだけでそこには人間は誰一人いなくなっていた。
普段はこんな場所に来ない魔物は壁の一部が崩壊していてもそれがいつもと変わっていることに気がつかない。
崩れ落ちて穴を塞いでいるのでまるで神隠しにでもあったように人が忽然といなくなってしまったように見えていた。
「少し前まではいたはず……」
魔物の死体があるということはこの魔物が来るまではここ誰かはいた。
時間的にそれほど前ではない。
「しかしどこに……チッ…………」
だがどこに消えたのか予想すらできない。
「…………だが素手ではないな」
魔物は転がる頭部を蹴り飛ばした。
その切断面を見れば切り落とされていることが分かる。
魔法の可能性もあるが体側を見て魔法ではないと判断した。
理由は知らないけれど腹を切り開かれている。
よほど恨みでもあって死体を弄んだのかと予想を立てるがどっちにしろ魔法で綺麗に腹を開くのは難しい。
おそらく剣か何かを使ったことは言うまでもない。
「どうやった……」
武器は取り上げたはず。
どうやって武器を持ち込み、そしてどうやって逃げた。
「クソッ……またあのジジイになんか言われる」
何と言おうとニグモが怒り狂うことは目に見えている。
逃げられたことにもはらわたが煮えくりかえりそうな気分だったがこの気分のままニグモに文句を言われたら殺してしまうかもしれない。
「クソが!」
魔物は壁を殴りつけた。
壁は大きくへこんで砕け散る。
「……一体どこに行きやがった!」
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