攫う相手を間違えたな3

「これはな……」


 ジは穴の向こうであったことを説明した。

 オゾに出会ったことやそれを治したこと、そしてオゾから武器の捨ててある場所を教えてもらったことなどを話した。


「あの化け物が人だったというのか!?」


 みんなジの話に驚いている。

 何よりも奇妙な魚の魔物が元々人であったことに大きな衝撃があった。


 さらにはそれをジが治したことにもまた驚きがあった。

 聞くとオゾという漁師は本当に存在しているらしくてドコよりも前に失踪している人であった。


「しかし脱出するためには奴らがいる上を通らねばならないのか。


 ……武器があるならチャンスはあるかもしれない」


 この崖下から脱するには一度あの研究場のようなところがある上に戻らねばならない。

 大人しく助けを待っていることも悪くはないのだけど相手の出方が分からない以上はこちらも逃げる用意ぐらいはしておくべきだ。


「残念ながらこれは俺たちの武器じゃないな」


 とりあえず持ってきた剣はこの場にいる人の武器じゃなかった。

 というか、ここから脱出するならわざわざ剣を何本か持ってくることもなかったなとジは思った。


「じゃあ今のところは君の魔獣……スライムが穴を広げてくれるのを待つしかないんだな」


「そうですね」


 フィオスの存在を感じる。

 今だと三分の一ほどのところまで来ているだろうか。


 魔法で無理矢理破壊してしまうと音も出るし崩落の危険もあるのでフィオスにちまちまと頑張ってもらうしかない。


「あ、スティーカー」


 焦ったい気持ちを抑えて待っているとジの手首に巻き付いていたスティーカーが動いた。

 周りをキョロキョロと見回して状況確認をしているみたいである。


「んん?


 君の魔獣はスライムのはずでは?」


「これは師匠の魔獣です」


 とっさの状況でスティーカーだけでもジに移してくれた。

 スティーカーがいるからグルゼイが探してくれている可能性があると言えるのだ。


 スティーカーが話すことができたらなぁとジは思う。

 大婆の魔獣であるフォークンは人のマネをして言葉を話したりすることができる魔物であるので人の言葉を伝えることができた。


 しかし蛇であるスティーカーには人の言葉を発することが出来る器官がない。

 そのために言葉を伝えることができない。


「なるほどな……ならばこちらを見てくれるか?」


 スティーカーの前でヘーデンスが指をパチパチと鳴らして視線を自分へ向けさせる。

 自分のものではないがとりあえずと持っていた剣を抜く。


「ふっ!」


 ヘーデンスが魔力を込めて剣に炎をまとわせる。

 そして壁を切り付ける。


「攫われたみんな無事……」


 一瞬にして剣で刻まれた文字。

 わずかに炎が壁に残ってチラついている。


 スティーカーの目は温度を感知する。

 そのために通常と見え方が違っている。


 そこをヘーデンスは分かっていてスティーカーを通して向こうに伝言を伝える方法を考えた。

 炎をまとった斬撃で文字を描いた。


 そうすることで壁に付けられた傷に熱を持たせた。

 壁をじっと見ていたスティーカーがうなずいた。


 本当のところは分からないけれど伝わったとみんなが思った。

 熱が逃げないように一瞬で剣で文字を刻んだヘーデンスの腕前の凄さにもまたジは感心していた。


「素晴らしい師弟関係だな」


 最後にジを見てスティーカーはまたジの腕に巻き付いた。

 誰かが助けようとしてくれている。


 これだけでもかなり心強い。

 そうしている間にもフィオスは頑張ってくれていた。


 気づけば三分の二ほどまで来ている。


「フィオスも大分こっちまで来ています。


 皆さんも移動できるように準備しておいてください」


 特に持ち物もないので準備も何もないとは思うけれど心の準備ぐらいはしておいた方が行動が早い。

 みんなして穴を見つめる。


 するとジワっと壁の岩が溶け出してフィオスの体に吸い込まれるようにして消えていく。

 不思議なものだ。


「よくやったぞフィオス!」


 より大きな穴開通。

 安全を確かめるためにニノサンが先に行く。


 武器を持っているからだ。

 少し待ってニノサンの光の魔法が向こうから飛んできた。


 安全であるという合図である。

 それを見て続々と穴を通って向こうに出て行く。


「ヘーデンスさんは行かないんですか?」


「こうした時の危険はしんがりだ。


 私がそれを引き受けるべきだろう。


 君こそ先に行くべきなのにな」


「まあ、俺はスイスイっと穴通れますから」


「勇気もあるようだな。


 1人で穴を通っていった時から分かってはいたけれども。


 どうだい、異端審問官にならないか?」


 いつの間にか少し話し方が砕けてきたヘーデンスはジに笑いかける。

 最初にあった時の固い態度も一応異端審問官の隊長としてのもので結構接しやすいこちらの方がヘーデンスらしいのかもしれない。


「俺にも仕事とか色々あるので」


「そうなのかい?」


 まさかこの年で仕事をしているとは、と驚いたような顔をする。


「まあ無理に誘うものではないからな」


 少なくともこの閉じ込められたところから出られるということで少しヘーデンスの気分も軽くなっていた。


「俺は最後に行くから……」


 ビタン。

 何かが上から降りてきた音がした。

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