船の墓場で安らかに2

「ハナシ……キイテクレ」


「……は、話って」


「オソワナイ」


 ジはチラリと盾になったフィオスを見た。


「分かった!


 ただし話は聞くけどこのままでだ」


 ジはフィオスを信じることにした。

 魔物の言葉ではなく、だ。


 フィオスは意外と感覚が鋭い。

 痛覚などは無いのか衝撃や痛みに対しては鈍感なのであるが危険なことに関してフィオスはよく気づく。


 敵意というものに鋭敏であると言えばいいのか、そうした状況や敵意を持つ相手を前にすると緊張したような感覚がジに伝わってくる。

 なのに今はフィオスは警戒をしていない。


 つまりしゃべる魚の魔物はジに対して敵意は抱いていないことになる。

 過信し過ぎてもいけないので距離は取ったままでいるつもりであるが話したいというなら話の1つでも聞いてやろう。


 久々に日に当たって気分が良いことも要因である。


「オレハオゾ。


 ゲユンカイデトイウフネニノッテイタ、ニンゲンダ」


「に……」


 思わず眉をひそめてしまった。

 オゾという魔物は自分のことを人間であると口にした。


 理解はできるが理解できないような話でジは困惑してしまった。


「アイツラ……ニンゲンデ、ジッケンシテイル」


 どうにも言葉を発しにくいようでオゾは少しずつ自分の身に何が起きたのかを説明し始めた。

 オゾもドコたちと同じく漁船に乗っていたのだがある時急にリッチに襲われた。


 船は沈められたのだがオゾたちはこの洞窟に連れてこられた。

 暗い部屋に閉じ込められてどうなるかも分からない中で仲間が1人、また1人と連れていかれた。


 連れていかれた仲間は帰ってこなくて何をしていたのか分からなかったがオゾにもとうとう順番が回ってきた。

 奇妙な魚にも人にも似た魔物に抱えられて松明が照らす部屋に連れていかれた。


 そこにいたのはリッチではなく腰が曲がった1人の老人で、おそらくそれはニグモだろうとジは思った。

 ニグモはオゾの魔獣を魔石状態にさせると黒い石を渡してそれと共に飲み込めと言った。


 こんなもの飲めるわけがない。

 そう言って拒否したオゾだったが次の瞬間腕を折られた。


 ニグモが奇妙な魚の魔物に命令してやらせたのだ。


「シヌカ……ノミコムカ」


 魔石と黒い石を飲み込まねば殺すと脅されオゾは仕方なく2つの石を必死で飲み込んだ。

 それだけでも死にそうだったのに腹の中で変化が起きた。


 何が起きたと説明することはその本人でも難しいらしい。

 いうならば、急に2つの何かが体の中に入ってきた。


 腹の中という話ではなくもっと溶け込んで体の中に入ってきたような感覚に襲われた。

 同時に頭の中で声が聞こえ始めて、オゾは危険だと思った。


 家族の顔が頭に浮かんでとっさに魔物を殴り倒してその場から逃げ出した。

 戻れ、従えと頭の中の声は言っていたがオゾは必死に走った。


 体が奇妙な魔物の形に変容していたことに気がついたのは洞窟の中で気を失って目覚めてからであった。


「イマデモコエガスル……」


 意識を刈り取って全てを投げ出してしまいそうなる頭の中の声が常に響いている。

 最初に聞こえてきた時よりはかなり弱いが聞こえ続ける声にオゾは限界を迎えていた。


「人を魔物にしたというのか……そんなこと」


 ジの動揺は大きかった。

 一般に考えて不可能なことである。


 仮にできたとしても禁断の行いで許されざることだ。

 黒い石、最近頻発している船の失踪事件、大量にいる奇妙な魔物。


 オゾの話が本当であるとしたらそれぞれのことは1つに繋がっていることになる。


「タノミガアル……」


「なんだ?」


「コロシテクレ」


 ジは息を飲んだ。

 オゾは涙を流していた。


 異形の姿となり、頭にこだまする声は服従と破壊を求めている。

 もはや戻れぬ道に突き落とされたことは明白であった。


 ほんの少し残った理性がなんとか先に進むことを押し留めているが化け物に身を落とすのも時間の問題だとオゾは思っていた。

 まだ人であるうちに。


 心が人である間に自分を止めてほしいとオゾはジに願いを告げた。


「ソシテ……カゾクニツタエテホシイ。


 アイシテイタト」


「くっ……!」


「ナイテクレルカ。


 アリガトウ……ハナシヲキイテクレテ。


 アリガトウ……オレヲトメテクレテ」


 ジの目からも涙がこぼれた。

 どうしようもない事態とオゾの決意に涙を抑えられなかった。


 オゾは船から降りてゆっくりとジの側まで歩いていった。

 そしてジの前まで来るとクルリと後ろを向いて座った。


「サア、ハヤク」


 死を察してか、頭の中の声が大きくなっている。

 やらねばならない。


 剣を持つ手がこれほどまで重く感じられたことはない。

 やらなきゃいけないのにやりたくない自分がいて、呼吸が自然と早くなってしまう。


「行くぞ」


「タノム」


 なんの抵抗もなければ多少硬いぐらいの魔物の首など刎ねることは造作ない。

 ジはゆっくりと剣を振り上げる。


「せめて安らかに……」


 剣を振り下ろそうとした瞬間だった。


「フィオス!」


 盾になっていたフィオスが突如としてスライムに戻った。

 そしてオゾの上に着地したと思ったらいきなりオゾをフィオスが包み込み始めた。


「何をしているんだ、フィオス!」

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