旧友3

「そういえば忙しくてちゃんと名前も聞いていなかったな」


「俺はジです。


 そんであっちで吐いてるのがユディットって言います」


「ジだな。


 それに……ユディット…………」


「何か?」


「いや何でもない」


 バルダーがユディットに何か引っかかったように見えた。

 しかし笑って誤魔化す。


「しかしあのグルゼイの弟子か……


 どうだ、少し体を動かさないか?」


「何するつもりですか?」


「なに、ちょっとグルゼイの弟子の実力とやらを見せてもらおうと思ってな」


「ケガしても知りませんよ?」


「ハッハッハッ!


 それでこそ男と言うものだ!」


 甲板の真ん中を空けるようにバルダーが言う。

 なんだなんだと言いながらもみんな面白そうだと従って、荷物で丸く闘技場が出来上がる。


 異端審問官のデカいジジイと正体不明の子供の戦い。

 目を引かれないはずもなく船員ですら仕事の手を止めて観客となっていた。


 娯楽もない船の上だからみんな催し物があると観にこずにはいられないのだ。


「手加減はしてやる。


 もちろん先手も譲ってやろう」


「ありがとうございます」


 荷物の輪の外には物見客、荷物の輪の中にはジとバルダーがいる。


「ほぉ……魔剣か」


 ジが剣を抜くと周りにどよめきが起こる。

 白い魔力のオーラを纏う剣は見るものの目を奪う。


 稀少な魔剣を目にして観客たちがざわざわとしている。

 さしものバルダーも驚きを隠せない。


 フィオスは使わない。

 魔剣よりもフィオスの方がジにとっては切り札と言える存在であるのでここで見せる必要はないと思った。


 バルダーは背負っている戦斧を取った。


「ならばこちらも見せてやろう」


 巨大な斧を片手で軽々と持ち上げている。


「なっ……」


「魔剣……いや、魔斧とでも言った方がいいかもしれないな」


 床についたバルダーの戦斧から魔力が溢れ出す。

 赤みがかったオレンジ色の魔力はバルダーのものではなく戦斧の魔力。


 バルダーの持っている戦斧もいわゆる魔剣の一種であった。


「いきますよ」


「いつでも来るといい」


「じゃあ……ハッ!」


 ジは前屈みの体勢で足に力を溜めると一気に走り出した。

 ライナスのマネで足の裏から魔力を放出する。


 ライナスみたいな魔力の量がないので本気でマネをするとあっという間に魔力が尽きてしまう。

 それにジがグルゼイに教えてもらっていることが特殊技能なように、ライナスが教えてもらっていることも特殊技能である。


 容易くマネで出来るものではないのだけどジがやっていることとライナスがやっていることは似ている。

 根本にあるのは繊細な魔力のコントロールと瞬間的な放出。


 ライナスは全身どこからでも魔力を放出して体を高速でコントロールできるように訓練している。

 ジにはそんなことできない。


 ただ足裏から魔力を出して少し推進力を得るぐらいならマネができたし、ジにも負担が少なかった。

 それほど広くもない闘技場でジは一瞬にしてバルダーと距離を詰めた。


 刹那の攻防。

 動きが完全に捉えられていることをバルダーの目を見て悟った。


 だから切るように、僅かに剣を動かすとバルダーはすぐに反応した。


「ぬっ!」


 だがそれはフェイントだ。

 すぐさまジはバルダーの左側に回り込む。


 左腕のないバルダーの弱点を突く。

 正当な騎士の決闘なら卑怯だと言う声も飛ぼうが圧倒的な差があるお遊びでの戦いにそんな無粋なことを言う人はいない。


「速いし判断も優れている」


 速いのはどっちだと思う。

 確かに出し抜いたと思ったのにジの剣はいとも容易くバルダーの斧に防がれた。


 あの図体、あの武器をして何という速さか。

 剣を押しても斧は一切動かない。


 両手で全身の力を込めても片手の斧を少しも動かすことができない。


「では、先手は譲ったぞ」


「もうちょっとくれるもんじゃないですか?」


「ハハハッ、私もこれ以上は我慢ができなくてな!」


 バルダーが少し力を込めるとジは簡単に弾き飛ばされる。

 迫るバルダーを魔力で見ていたジは驚いた。


 全く体がブレていない。

 無駄なく真っ直ぐ向かってくるバルダーの魔力の軌跡は綺麗な人型であった。


 決められた形の中を進んできたみたいだった。

 けれど感心している余裕もない。


 バルダーの戦斧が迫ってきてジは上半身を逸らしてかわした。

 空を切る音だけで切れてしまいそうで本当に手加減するつもりがあるのか疑いたくなる。


 ジに向かって歓声が飛ぶ。

 黒い鎧を着た異端審問官と白い剣を持った子供ならどう見ても悪役はバルダーの方になる。


 ジを応援する声が多く、異端審問官ですらバルダーを倒してしまえと声を上げていた。

 しかしジはそんな応援の声すら聞いていられない。


 全ての感覚を研ぎ澄ませてバルダーの猛攻をなんとか回避し続けていた。

 あまりにもパワーの差があるから防御もできない。


 魔力の感知で後ろも警戒する。

 丸く囲われているので油断するとあっという間に追い詰められてしまう。


 後ろの余裕も見ながらかわす方向をちゃんと見極めることが求められた。


「かわしているだけではその剣が泣いているぞ!」


「当たらず振り回しているだけでは斧も泣いていますよ」


「この……口もグルゼイに習っているようだな!」

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