旧友4

 このままかわし続けていても未来がない。

 どうにかしなければ体力が先に尽きてしまうとわずかな焦りを抱く。


 活路をどこかに見出さねばと思っているとほんの一瞬、バルダーに隙が見えた。


「まだ青いな」


 ジは思わず隙に飛びついた。

 しかしそれはバルダーの罠であった。


 気づいた時にはもう遅い。

 振り始めた剣は止められない。


 止められはするのだけど無理に止めたところで大きな隙が出来るだけである。


「ほほう……」


 バルダーの次の攻撃を予想する。

 かわして攻撃ではワンテンポ遅れる。


 おそらくこちらの攻撃を防いでそのまま反撃してくる。

 バルダーの脇腹に向かって走るジの剣。


 ガキンと大きな音がしてバルダーは剣を弾いた。

 ジの予想通りに剣を防いで反撃するつもりだった。


 しかし反撃は空を切った。

 反撃よりも早くジはバルダーの攻撃範囲から抜け出していた。


 予想もしなかった動きにバルダーはニヤリと笑って驚いた。

 行動は読めてもそれに対する回避策がなかった。


 なら逆らわず、流れに乗った。

 弾かれた剣の勢いに任せて大きく後ろに飛んで回転。


 肩が抜けそうな衝撃もあったが逆らわなかったおかげで剣も手放さずに済んで距離も空けることができた。

 ジの巧みな戦いにみんなから歓声が上がる。


 周りにいる人たちも実力者なのでバルダーがわざと隙を作ったことに気づいていた。

 例え実力があってもバルダーの猛攻にさらされながらであると、わずかに見えた隙に飛びついてしまうことも分かっている。


 自分ならおそらくそのままやられていたとみんなが思った。

 そこを上手く回避してみせたジに賛辞の声が飛んでいる。


「身軽だな。


 私がそのように後ろに飛べば頭から落ちてしまうだろうな」


「まだ若いですから」


 ジは肩で息をしているのにバルダーは呼吸すら乱れていない。

 若いジよりも遥かに体力がある。


 戦斧をただ振り回しているだけのように見えても動きに無駄が少なくて体力を消耗しないようにしている。

 圧倒的な経験の差を感じる。


「まだまだいくぞ……」


「魔物だー!」


 突如鳴り響く鐘の音に空気が張り詰める。

 海の様子を確認していた船員が鳴らす鐘の音には緊急事態の意味がある。


 海に目をやると水面に黒い影が見える。

 魔物の襲撃だ。


 慌ただしくみんなが動く。

 手に弓矢を取り、魔法が使える人と共に前に出る。


 魚のような見た目をした魔物のマーマンが船をはい上がってきている。

 上から矢や魔法を浴びてマーマンを倒す。


「上がってきたぞ!」


 船を傷つけないような配慮もしなきゃいけないし、死角になっている場所もある。

 倒しきれなかったマーマンが船上に上がってくる。


「ジよ、私の側にいなさい。


 疲れているだろう」


 同じように戦ったのに余裕を感じさせるバルダーがジの近くで戦斧を構える。


「ユディット!」


「こちらにいます」


 吐いていたユディットもジの側に来ていた。

 まだ顔色は悪いがそんなこと言っていられる場合ではない。


「この程度で襲いかかってこようとは笑止!」


 大きく飛び上がってバルダーに襲いかかるマーマンを軽々と斧で真っ二つに切り裂く。


「ずいぶんとバルダーと仲良くなったようだな」


「師匠」


 通りがかりにマーマンを切り裂きながらグルゼイも船室から上がってきた。


「お前は人を寄せ付けない雰囲気をまとっているが弟子は人を惹きつける雰囲気を持っているな」


 全くもってジの出番もない。

 バルダーとグルゼイが次々とマーマンを倒してしまって逆にジが入ると邪魔になりそうである。


 海中ではちょっと強いぐらいのマーマンだが水の中じゃなければ十分な力を発揮できない。

 仮に海中での力を地上で発揮できたとしてもバルダーとグルゼイは苦労なく倒せる。


 弱体化しているマーマンなど相手にならない。

 数は多いけど強くないので簡単に倒されていくマーマンたちはある程度やられたところで撤退していった。


「解体だ!」


「……何してるんですか?」


「ん?


 ああ、マーマンはな、美味いんだよ」


 戦いが終わった。

 被害はいくらかものが壊れたぐらいでケガ人も特にいない。


 甲板に血を水で流してマーマンの死体を1つに集めると船員たちがマーマンを解体し始めた。

 魔石を取るのかと思ったら頭やヒレなどは切り落として海に捨てているが身の部分は捨てずに取っておいている。


 興味を持ったジが船員に近づいて聞いてみた。


「マーマンはこんな見た目してるが肉の部分はほとんど魚なんだ。


 頭とか硬いヒレは食えないからいらないが身は美味いんだぞ。


 だから解体して魔石を取りながら食える部分は食うんだ」


「へぇ……」


「食ってみるか?」


「いいんですか?」


「こんだけあるんだ、ボウズが腹いっぱい食べたって目減りもしやしないさ」


 そう言ってマーマンの身を綺麗に一口サイズに切り分ける。

 そして懐から小瓶を取り出して切った身にたらりとかけた。


「これはとある国の調味料でな。


 生の魚に合うんだ」


 一瞬頭の中でマーマンの顔がチラつくけれど過去ではもっとヤバいものも食べてきた。

 一枚マーマンの切り身を指で持ち上げるとパクリと口に放り込む。


「美味しい!」


 ボージェナルに来てから色々と魚料理も食べてきたがマーマンの切り身はその中でもトップクラスに美味い。

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