旧友2
「まあ、利き腕でなければ戦える。
少しばかり不便になっただけだ!」
この人も異端審問官っぽくないなとジは思った。
異端審問官にありがちな湿っぽさがなくカラッとした人柄に見えた。
「その子らはなんだ?
まさかお前の子だと言うつもりはないよな」
「そのまさかだ」
「なんと!
冗談のつもりだったが……それにしてもタイプが違うな。
いや、お前さんほどの男ならそうしたこともあり得るのか」
「冗談だ。
こいつらは……弟子だ」
「なんと!
これは騙された!」
ジが思わず変な顔をする冗談にガハハと笑うバルダー。
グルゼイが冗談を言うとは珍しい。
ユディットは弟子ではないが説明が面倒でざっくりひとまとめにされた。
「弟子か!
いやはや、それもまた驚きだ!
時とはこれほどまでに人を変えるものなのか」
もうずっと笑い続けている。
異端審問官たちは慣れているのか見もしないが漁業ギルドの人たちはバルダーの大きな笑い声にたびたび視線を向けている。
「私はバルダー・ゾラム。
グルゼイとはかつて共に戦った仲だ。
この偏屈者の弟子だと苦労があるだろう?
よろしくな」
そしてバルダーはジの方に手を差し出した。
年上のユディットではなくジの方を先にだ。
「ふっふっ、身のこなしを見ていれば分かる。
グルゼイの弟子はお前さんの方だろ?
そっちの青年も悪くないがグルゼイの弟子でなさそうだ」
「ご慧眼感服いたします」
「なんと!
弟子の方が人が出来ているようだな」
ジが握手に応じる。
強く握られることも覚悟していたけどジの手を握り返す力はとても優しかった。
ジを見る目もとても優しい。
バルダーはわしゃわしゃとジの頭を撫でた。
「良い弟子だ。
……少しメルゼにも似ているな」
「バルダー」
「おっと悪かったな。
年を取ると口が軽くなってしまってな」
ユディットとも握手を交わしたバルダーは異端審問官に呼ばれて場を離れていった。
「中々豪快なお方ですね」
「あれで枢機卿だと言うのだから驚きだな」
バルダーは枢機卿と呼ばれていた。
元々宗教団体だった頃の名残の役職名であり、特に宗教的活動を行うでもない。
ただ枢機卿はかなり上の役職でトップにも近いぐらいである。
そんなお偉いさんが出てくるほど異端審問官は今回のリッチの件を重く見ているのだ。
救助に行くのに大きな船を1隻。
未だに救助を出した船から続報はなく、事の不気味さは増すばかりだ。
「おぉ……」
「船は初めてか?」
「もちろんそうですよ」
過去を含めて船の経験はない。
川を渡す小さい舟は乗ったことがあるが手漕ぎの小さい舟で見えている対岸に行くだけの短い時間しか乗ったことがない。
だからほとんど初めてと変わらない。
大きめな船なので揺れは比較的少ない。
それなのに停泊状態でも自分の体が揺れる感覚は面白い。
上下したり左右に揺れたりとバランスを崩すほどではないが微妙に体が動いている。
「なんでも、船に乗ると船酔いといって気持ち悪くなることがあるらしいです。
会長も気をつけてください!」
「分かった……でもどうやって気をつけるんだ?」
「……わかりません」
「そんなもの吐いて慣れるしかない」
「えぇ……やだなぁ、吐くの」
荷物の積み込みが完了して船が出航した。
残念ながら客船でもない船なので1人1部屋なんてない。
基本的には雑魚寝なのだけど冒険者たちと異端審問官の間にはなんか距離があるのでジたちはその空いたスペースを有効に使わせてもらうことにした。
風向きは悪くないらしく順当に救助を出した船がいると思われる方に行けそうだという話をしているのを聞いた。
収まることのない揺れにさらされ続けるのは意外と慣れないものだ。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫……です」
そんなこんなで出航してしばらく時間が経ったのだけどユディットの顔色が悪い。
明らかに船酔いしている。
「か、会長はなんともないんですか?」
「俺?
あー、今んとこ平気」
ユディットだけじゃない異端審問官の何人かも具合が悪そうにしている。
バルダーは情けないなと言いながら笑っている。
あのおじいさんも大概バケモノそうだ。
「うぅ……」
「こいつは感覚を鍛えているからな。
これぐらいの揺れなら酔うこともないだろう」
ジが海に強いのではなくこれはグルゼイに鍛えられたおかげであった。
魔力による感知は難しくある意味もう1つ感覚を手に入れたようなものである。
そんなにジは意識していないが意外と難しいことをやっていて、船の上での船酔いにも効果があった。
よほど海が荒れなきゃ酔うこともない。
「ずるいです……」
「なれないとそんなもんだろう。
少し甲板に出て風に当たるといい」
「そうします」
「俺もついてくよ」
ユディットだけじゃ心配だし船室にいるのも暇だ。
ジはユディットの付き添いがてら外に出る。
「気持ちがいいな」
「少しだけマシな気分になります……うっ!」
ダメだった。
ユディットは口を押さえて走る。
何をするのか見なくてもわかる。
見ないでいてやるのが紳士的だ。
「よう、グルゼイの弟子」
頬を撫でる潮風を堪能しているとバルダーも甲板に出てきた。
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