異端審問官と師匠と泥棒9
無理に突破しても後がない。
それぞれが弱くても大量のスケルトンに囲まれてしまうとそこから無事に抜け出すのは至難の業である。
しかしスケルトンの数も多くリッチの統制下にあるとリッチの影響を受けて多少強化もされてしまう。
やはりリッチを倒さねばこの事態は収まらないのである。
「全員殺してスケルトンにしてやろう……」
さらに多くの火の玉がリッチの周りに浮かび上がる。
「それは困るな。
彼らは私の部下なんだ」
倉庫の屋根を蹴り、天高く飛び上がる。
黒い鎧が月明かりに照らされて幅広の剣が振り下ろされた。
逆方向に向かっていた異端審問官の隊長が駆けつけた。
「き、貴様!」
リッチの右腕が切り裂かれて隊長と共に落ちていく。
「死ね!」
リッチが隊長に向けて手を伸ばして魔法を放つ。
「ハッ!」
隊長は剣をリッチに向かって突き出す。
リッチから放たれた黒い炎が隊長の剣に当たり大きな爆発が起こる。
爆発の煙の中からリッチはそのまま地面に落ちて、隊長は勢いよく飛び出してきた。
上手く剣に魔法を当てて威力を吸収したためにダメージはない。
「さっさと降参すれば苦しまずに殺してやろう」
「ふん、寝言は死んでから言うんだな」
リッチの手に黒い魔力が渦巻き、ポトリと地面に落ちる。
すると地面に落ちた魔力が盛り上がり、その中から黒い魔力の中からスケルトンの騎士が現れる。
「行くのだ。
その間に……」
リッチが指示を出すとスケルトンの騎士が隊長に切りかかっていく。
あわよくば倒してほしいが倒せなくても時間稼ぎぐらいになるだろうと思っていた。
スケルトンの騎士が戦っている間に腕を修復して状況を整理しよう。
「どの間だ?」
「なんだと……」
しかし一瞬意識から隊長を離しただけなのに、次の瞬間には目の前に隊長が迫っていた。
呼び出したスケルトンの騎士は倒すどころか時間稼ぎもまともに出来ずに崩れ去っていた。
完全に実力を読み違えていた。
実力主義の異端審問官の中で隊長にまでなる男が高々一体のスケルトンの騎士で止められるはずがなかったのだ。
隊長の剣がリッチの頭を切った。
「……むむむ、強いな」
確かに切ったはずなのに手応えがない。
切られたリッチは黒い煙となって消えていく。
いつの間にか周りはただ闇が広がっている。
目の前にいたリッチも多くいたスケルトンも戦っていた異端審問官の部下たちの姿もなく、暗い闇の只中に隊長は立っている。
「そこだ!」
普通の人なら動揺しそうなところであるのに隊長の目には焦りの色すら見えない。
そして振り返り様に剣を切り上げた。
ブワッと黒い霧が切り裂かれてリッチの頭ギリギリのところを剣が通り過ぎた。
「なぜ分かった」
スケルトンの騎士を呼び出した時からリッチの別の攻撃はすでに隊長に及んでいたのだ。
リッチの魔力によって生み出された黒い霧が地を這うように隊長に迫り、隊長とリッチの周りを包み込んでいた、
そして黒い霧はリッチの姿を覆い隠して幻想を見せていた。
しかし隊長は惑わされなかった。
「お前らのような奴のやり方は知っている。
これは精神に作用するものではなく物理的に幻を作り出す魔法だ。
この黒い霧のようなものも魔力で作られているが物理的な影響を受ける。
だから簡単な話で吹き飛ばしたのだ」
隊長は剣に風をまとわせて霧を切った。
巻き起こった風が霧を吹き飛ばし、リッチの姿をあらわにした。
リッチの居場所は勘である。
こんな時に目の前に居座る豪胆な奴はリッチになどなりはしない。
相手を惑わして安全なところにいるなら距離を取るか後ろに回るかのどちらかである。
その2択に正解したという話だった。
だが隊長は自身ありげに笑ってみせる。
本当に分かっていたのだと言いたげに笑みを浮かべる隊長にリッチは本当に分かっていたのだと思い込む。
魔法の正体は合っているのだし自信満々だし疑うところがなかった。
「隊長!」
そこに女の異端審問官のウィリアが到着した。
その後ろには他の異端審問官や兵士、聖職者を連れている。
道を間違った隊長を追いかけたウィリアは隊長に正しい道を教えた後まだ色々と走り回っていた。
異端審問官を集めて、兵士や聖職者を叩き起こして連れてきた。
隊長に指示されたでもなく自分で考えて行動した。
出来る女性である。
「それではこちらの番だな」
聖職者まで来てしまった。
減っていないように見えていたスケルトンもみんなが倒し続けているので徐々に数も減ってきている。
「ひじょーにムカつくし、ひじょーに惜しいが……ここは引き下がるとしよう」
このまま戦い続けても利益がないとリッチは判断した。
「逃すと思うか?」
「逃すまいと思うのは勝手だがこちらとて捕まると思うか?
どれどれ……」
リッチは自分の頭蓋骨の中に手を突っ込んだ。
「何をするつもりだ!」
逃げるための何かをしようとしている。
そのことは確実なので何かをされる前に倒してしまおうと隊長がリッチに迫る。
「決着はいつかつけられたらいいが……その時は来ないかもしれないな」
頭蓋骨から手を抜いたリッチ。
指先で摘むようにして小さい水晶のようなものを頭の中から取り出していた。
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