異端審問官と師匠と泥棒4

「いえ、あなたに声を荒げてもしょうがないですね……


 おや、ジ君。

 お入りなさない」


 イスに深く腰掛けてフェッツがコップに半分ほど入った水を一気に飲み干す。

 そこでドア前にいるジに気づいた。


「何があったんですか?」


 聞くか迷ったが聞くならさっさと聞いてしまうのがいい。


「そうですね……君も関係者ですから知る権利があるでしょう。


 実は昨日までに運び込まれた荷物が無くなってしまったのです」


「無くなった?


 一体どういうことなのですか?」


 漏れ聞こえていた声で予想はできていたが改めて聞いても理解ができない。

 ナーズバインの倉庫と借りた倉庫がパンパンになるほどの荷物は昨日までかかってようやく運び込んだ。


 一部が盗まれたというならともかく無くなったなどあり得る話じゃない。

 

「文字通りです。


 倉庫が2つもカラになってしまったのです」


「えっ!?」


「そんなバカな話……あるはずないのですが。


 とりあえず倉庫に行って実際に確認してみたいと思います」


 大きく首を振るフェッツ。

 長年商人の世界に身を置いているフェッツだが倉庫いっぱいの荷物が一晩にして消えるなんて話聞いたことがない。


 ジはフェッツについていって倉庫に向かう。


「倉庫を借りているゲタラード・フェッツです」


 倉庫の近くに行くと倉庫の手前から規制がされていた。

 倉庫の借主であるフェッツは通してもらい、ジもフェッツの同行者として規制の中に入る。


「これは……なんという…………」


 倉庫前を見てフェッツが険しい顔をする。

 凄惨な光景が広がっていた。


 昨日までは静かな倉庫街の一角であったのに倉庫の前は血まみれであった。

 転がるいくつかの死体に目を背けたくなる。


 どの死体もひどく損傷していて余計に何があったのか分からなくなる。

 子供に見せるべき光景ではないとフェッツは一瞬遅れて気づいたが、隣を見るとジは神に死者の魂の救済を願ってお祈りしていた。


 こんな状況にも出来た子だと感心する。

 過去に戦争で死体処理もしていたジにとってこれぐらいはまだなんてこともなかった。


「なんでこんな状況なんですか?」


 ただ倉庫がカラになっただけじゃない。

 戦い、もしくは一方的な虐殺が倉庫の前で起きている。


「倉庫を守っていた警備兵を雇っていました。


 それに盗みが行われている時に通報があったらしく駆けつけた兵がいたそうですが……まさかこんなことになっているなんて」


 報告に聞いていたものよりも状況がひどくてフェッツの顔色も悪い。


「盗みを目撃して通報した人がいるんですか?」


「そのようです。


 その上で巡回していた兵士が駆けつけたようですが……どうやら相手はかなり手練れであったようですね」


 いつまでも血の海を見ていても何にもならない。

 出来るだけ血を踏まないようにして倉庫に向かう。


「ウソだろ……」


 昨日まであんなに必死になって運び込んだのに。

 倉庫の中はまるで荷物を運び込む前かのようにカラになっていた。


 こちらの光景にはジもショックを隠せない。

 かなり苦労したのにそれが何もなかったことになるのは精神的にキツい。


 魚の臭いだけを残して倉庫の荷物は忽然と姿を消してしまったのであった。


「昨日の定時報告では異常はありませんでした。


 ということはそこから朝までの間に……」


 支部長の男性がフェッツに報告をあげる。

 荷下ろしが完全に終わったのが夕方ごろで倉庫には荷物を守るための警備の兵を配置していた。


 完全に日が落ちた時間に一度定時報告があって、その時には異常はなかった。

 つまりは夜間、日が昇り始めるまでの間に倉庫はカラにさせられた。


 しかも泥棒は警備していた兵士を倒し、通報によって駆けつけた兵士たちも倒してしまった。

 死体を見ると兵士たちは圧倒的な実力で一方的にやられている。


 手練れの泥棒ならば兵士を倒して盗むこともあり得るのだけどそれでも説明できない事が一つある。

 それは盗まれた物、というか盗まれた量である。


 泥棒は暗い夜に途中兵士と戦いながら倉庫2つ分の荷物を盗んでいった。

 日が沈んでから日が昇るまでの間の時間など高が知れているのにその間に盗み出したのだ。


 荷下ろしして倉庫に荷物を入れるのに全てで数日かかった。

 仮に何の整理もしないで倉庫に詰め込んだって1日作業になる。


 荷馬車を何台も使い、魔獣や多くの人の手を借りてこれなのに泥棒は夜の間に綺麗さっぱり倉庫2つ分の荷物を持って行ったのだ。

 一体どうやって?


 どうやって倉庫から荷物を運び出し、どうやって運び、どこに持って行ったのか疑問が多い。

 そもそもなぜ魚を盗んだのかも謎である。


「通報したのはこの倉庫の貸主である商会長でこの辺りに住んでいるらしく、たまたま散歩がてらこの近くを通った時に目撃して……ということらしいです」


 頭頂部の禿げ上がった小太りの男性が兵士に話を聞かれている。

 倉庫の貸主である商会長ということはソコの雇い主である。


 人は良さそうだけど所有の倉庫でこんな事件が起きてかなり憔悴しているように見えた。

 急ぎ確認を進めてみると借りている他の倉庫は無事だった。

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