夜、光り輝く君を見て

「ん……」


 なんとなく夜中に目が覚めた。

 暗い部屋を見回すと月明かりが差し込んでいる。


 ラとエ、それにそれぞれの魔獣が小さくなって寝ている。

 のどが渇いた。


 ジは横にいたフィオスを抱えて立ち上がると部屋を出た。

 あっ、と思った。


 自然にフィオスを持って移動してしまっている。

 それが悪いことであるとかではない。


 フィオスを出しっぱなしにして抱えて移動するようになったのは年を取ってからのことである。

 いつからなのかはもはや思い出せないがいつからかすっかり習慣になっていて、ジが動く気配を感じるとフィオスはジの側に寄ってくるようになった。


 ジもフィオスが来るのを待って抱えてから移動するのだ。

 そんな過去の習慣をジも、そしてフィオスも自然とやっている。


 寝起きのぼんやりとした頭で考える。

 フィオスはフィオスだろうか。


 過去に出会ったフィオスと今腕に抱えているフィオスは同じ個体なのだろうかとふと思った。

 ラやエも同じ魔獣が出てきたので同じ個体であるとは思う。


 でも一緒に人生を経験してきたフィオスとは違う。

 呼ばずとも寄ってくるのは過去のフィオスであって今のフィオスではないはずなのだ。

 

 たまたま近くにいたのだろうかと考えながら台所に置いてある水がめのふたを開けて中を覗き込む。

 そろそろ汲んでこなきゃなと中身を見て思いながら水を汲んでコップに移す。


「ふう」


 片手にフィオス、片手にコップを持ってテーブルに移動する。

 フィオスもコップもテーブルに置いてイスに腰かける。


 いつからあるかも知らないイスが座ると大きくきしんだ音を立てる。


「飲むか?」


 水を半分ぐらい飲んでフィオスの前に置いてやる。

 するとフィオスがコップに覆いかぶさる。


 ちょうどその位置は窓から月明かりが差し込んでいるところだった。

 半透明のフィオスの体に光が当たり青く輝いて見える。


 体の中にコップが見えて水が減っていっている。

 ちょっと手を伸ばしてフィオスに触れる。


 いつ触っても、どう触っても不思議だ。

 水に触れているようなのに水じゃない。


 なめらかで言葉に言い表せられない感触がある。

 力を入れてみせるとそれに合わせて手が沈み込む。


 触っているとフィオスが震える。

 嬉しいからだ。


 じんわりとフィオスの感情が胸に伝わってきてジもなんだか嬉しくなる。

 これだけでフィオスもジもハッピーになれるならもっと早くフィオスのことを理解してやっていればよかった。


「ん、エか」


「起きてたの?」


 足音がして振り返るとエがいた。

 眠そうに眼をこすりながらジと同じく水を汲む。


「ねえ」


「なんだ?」


「その……スライムでがっかりした?」


 大泣きしていたジ。

 その姿を見ればスライムが魔獣であったことに大きなショックを受けていたように見えた。


 エがジの隣に腰かける。

 あんな風になったジを見たことがなかったのでエにとっても衝撃があった。


「いや、がっかりはしていないよ」


 ジは優しく微笑む。

 あの時は嬉しかったのだ。


 二度と会えない友人に再会できた。

 たくさんの感謝すべきこと、謝りたいこと、そしてもう一度会えたならやりたいことが頭に浮かんで涙となってあふれ出てしまった。


「本当?


 無理しなくても……」


「無理なんかしてないさ。


 確かに前だったら嫌だったけど今は……フィオスでよかったと思ってる」


「……もうなんだかスライムと仲良しなのね?」


「そうだな」


 なんだかこのフィオスともずっと一緒にいたような感じがする。


「まあ、それならいいけど。


 でもさ、私もラもいるから。

 ジがどうなっても私たちが養ってあげるから」


 自分の言葉にエはちょっと照れ臭そうに水を口に含む。

 ラにも同じことを言われたなとジは笑う。


「そうだな、いざとなったら頼むよ」


 過去でも2人は言ってくれたようにジを助けてくれようとした。

 今度の人生でもダメそうなら2人に大いに頼らせてもらう。


「でも俺も頑張ってみるよ」


「そうね。


 魔獣契約なんてするつもりなかったし悪くなったわけじゃないんだもんね」


 もともと底辺に近い生活をしていた。

 魔獣契約なんて貧民では行わない人もいるし、するにしてもお金もない今ではすることじゃない。


 どんな魔獣が出たとしても状況が悪くなることはない。

 良くなることがなかったとしてもそれはこれまでと変わらないだけである。


「でもさ……無理はしないでね」


 エは少し心配そうな目をしている。

 ジのことを疑うわけじゃないけどスライムであったことに無理をして、虚勢を張っているのではないかと心配なのだ。


「ふふっ、ほら」


 ジはフィオスを両手で持ち上げて月の光に照らす。


「綺麗だろ?」


「うん……」


「この先どうなるかは誰にも分からない。


 でも今から頑張れば変えられることもあると思うんだ」


 ゆっくりとフィオスの中を動く核を熱心に見つめるジの横顔をエは見つめる。


「……なんだか、ちょっと大人になったね」


 なんだかジがジじゃないみたいとエは一瞬思った。

 少しその視線に深みを増したというか、落ち着いたように感じた。


「大丈夫ならいいんだ」


 エはイスから立ち上がった。


「ジも早く寝なよ?」


「ああ、もう少しボーっとしたら寝るよ」


 エが部屋に戻っていく。


「……まあいいか」


 ジはフィオスに視線を戻した。

 フィオスが過去のフィオスと違っていてもいい。


 大切なのはこれからどうするかである。


「今回は頑張るからさ。


 よかったらまた手伝ってくれるか?」


 答えもしないフィオスに問いかける。

 両手で持ったフィオスが体を伸ばしてジの鼻先に触れた。


 なんだか答えてくれているみたいだ。


「実は考えがあるんだ」


 ジはフィオスを置いて両手に抱きかかえるようにしながらテーブルに突っ伏す。

 自然とフィオスを枕にするような形になる。


「んふふっ、揺れないでくれ」


 フィオスは嬉しいらしくてプルプルと震えている。

 寝ようと思ったのにこれでは振動が気になって寝られない。


「ふふっ、んふふっ……」


 なんだか振動が妙にくすぐったく感じられて、フィオスは笑ってくれるジが嬉しくていつまでたっても寝られないでいたのであった。

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