まずはスライムの力を借りて1
翌日早速ジは動き出した。
若干目がはれぼったくてじんわりと痛いがしょうがない。
少しフィオスを当てて目を冷やしたけどあまりよくなった気はしなかった。
記憶を頼りに歩いてみるもなんせ長い人生の最初の方の記憶になるものだからおぼろげで場所も名前も完全には思い出せなかった。
だから目的の場所を探してふらふらとさまよっている。
ありていに言えば迷子である。
幸いなことに目的の場所は平民街。
貴族街ならすでに叩き出されているところだ。
それでも周りの目はあまり良くはない。
スライムを抱えた貧民街の子供に向けられる視線は優しいものではない。
綺麗めな服の一着でもあればよかったのに持っていなかった。
日々貧乏暮らしだったから仕方ないが久々にそんな視線を向けられてちょっとだけショックだった。
予定では午前中には着くと思っていたのに結局たどり着いたのは昼をだいぶ過ぎてしまっていた。
ヘルファンド清掃商会と看板を掲げられた建物。
建物の見た目は小さな一軒家で商会とはなっているけれど目的がなきゃ来るようなところではない。
だってモノを売る商店的な商会ではないから。
「はい、何か御用でしょうか……」
大きく2回ノックするとドアが開いて中から男性が顔を覗かせた。
当然のことなんだけどジの記憶よりも若くて驚く。
茶色の髪を後ろに流して固めゴツゴツとした四角に近い顔の形をしている。
表情は険しく見えるがこれは機嫌が悪いわけではなく素の状態でフレンドリーに見えないだけなのである。
「子供がこんなところになんのようだ」
招き入れることすらしない。
明らかに貧民街の住人、しかも子供なら新たな顧客候補にも見えない。
だからといってさっさとドアを閉めないところに表情から伺えない優しさを感じる。
下手をすれば問答無用でドアを閉められると思っていた。
「ここで働かせて欲しくてきました」
「……悪いが貧民の子供を雇わなきゃいけないほど困ってもない。
帰ってくれ」
「待ってください。
せめて話を聞いてください」
「君に何が出来るというのかね?
年はいくつだ、10かそれよりも若いのか。
力があるようにも見えない。
そもそも私の仕事が何なのか分かっているのか?」
「確かに力はあんまりないけど仕事内容は分かっていますよ。
何が出来るかと言えば……貴族からのクレーム、困ってるでしょ?」
ピクリと男が反応を示す。
怪訝そうな表情のままギッと目を細めジを見定めるように上から下へ視線が動く。
子供にしてはやたらと自信がある態度。
たいてい子供は男の不機嫌そうに見える顔を見ると怖がるものなのに目の前の少年はしっかりと目を見据えてくる。
最近の悩みの種を1発で言い当てられて男は困惑した。
酒の席で誰かに漏らしたこともない一部の人しか知らない悩み。
内容を知っている人は信頼を置いているので話を漏らすはずもない。
そもそも漏れても問題はないと言える内容だしそれを使って何をできる物でもない。
今のところ競合相手もいない事業なのだが誰かが子供を使って探らせることも考えられなくはない。
ただ目をつけても新しくやりたいと思う人は思いつかない。
目的や経緯が分からない。
そして目の前の少年が貧民の子に見えるのも問題である。
慈善事業や明確な目的もなく安く使える貧民街の子供まで使い始めたら商人として終わりだ。
なんて噂されるか分かったものでない。
今はしっかり事業を軌道に乗せたいのであまり噂を立てたくない。
が商人としての勘が目の前の少年の話を聞けと言っている。
ダメならさっさと追い出してしまえばいい。
長々と入り口先で会話しているよりも男は少年を迎え入れることにした。
入ってみると事務所というより家のリビングで仕事をしているかのように見えた。
もともと空いていた一軒家を買い取って事務所としているので当然だった。
ジを部屋にある応接部分に座らせると男は程なくして温かいお茶を持ってきた。
例え貧民の子供でも招き入れた以上お客様なので相応の対応を心がける。
軽く一口お茶を飲んで口を湿らせる。
歩き回って疲れているからやけにお茶が美味しく感じられる。
「それじゃあ仕事の話しましょうか。
まずは自己紹介からで、俺はジです。
見ての通り貧民街出身で年は自分でもよく分かりません。
それでこいつは俺の魔獣のフィオスです」
ちらりとテーブルに置かれたフィオスを見る。
そういえば少し前に貧民やお金のない平民のために国で魔獣契約をさせることを行うと話に聞いたことを思い出した。
だから貧民に見えても魔獣を連れている。
「私はオランゼ・ヘルファンドだ。
年や出自などどうでもいい。
私が知りたいのはなぜ貴族に困っていることを知っているか、その情報でどうしたいかだ」
「それでいいんですか」
「なに?」
「重要なのはなんでそんな事を知っているかじゃなくて俺が本当に解決出来るかじゃないですか?」
子供らしからぬ態度。
まるで人生経験豊かな老人でも相手にしているときの空気感。
堂々としていて余裕を感じさせる。
フィオスはこっそりとジがテーブルに置いたお茶に覆いかぶさって飲んでいる。
「まず一部だけ。
1番クレームの多い区域を俺に任せてください。
俺1人で処理してみせましょう」
「君が1人で?
1番うるさい区画は今5人も割り当てて朝早くから素早くやらせてるのにそれでも苦情を申し立ててくるんだぞ」
ヘルファンド商会は正確にはヘルファンド清掃商会。
やっている仕事は名前の通り清掃。
詳しくは家庭から出るゴミの収集から焼却までを行う専門の業者をやっている。
基本的にゴミは個人が契約して持っていってもらうか都市に数カ所あるゴミを集める場所まで持っていかなければならない。
そこに目をつけたのがオランゼでゴミを集める事業を起こした。
大規模なゴミ捨て場は郊外にあって遠い上にゴミがたまっていて臭いがキツイ。
もっと町中に小規模なゴミ捨て場を設置して、そこからゴミを集めて、集めたゴミを魔法で燃やしてしまうのである
最初はもっと小さく平民街の一部でやっていたものを少しずつ拡大して今では貴族街にも事業は及んでいた。
おおむね事業は好評でゆくゆくは都市全体へと事業を広めるつもりなのだが現在の障害は貴族街の人々であった。
貴族街においても事業をありがたがる人も多いが中には集積所の都合や細かいことにうるさい貴族もいる。
作業が遅いとか汚い臭いなどと毎回のように苦情を付けてくるが貴族相手に下手な態度もとれない。
人を増やして出来る限り苦情が出ないようにしていても目ざとくいろいろ見つけてくる。
調べたところ作業やゴミ置き場に不満があるのではなく値下げさせたい、それをオランゼ側から言わせたい思惑が透けて見えてきた。
「どうせなんか言われるなら任せてみませんか」
よほど自信があるに見えてオランゼはジを量りかねていた。
量るも何も何の情報もジから出ていないから分からなくて当然である。
何をしても苦情が出てくる。
それならばジに一度ぐらい任せてみてはどうかと思う。
「ただし」
「ただし?」
「上手くいったら3人分の給料を貰いたいです」
「何をバカな」
オランゼが鼻で笑う。
作業は単純で雇われているのは平民のみで給料も決して高いとは言えない。
それでも3人分の給料が欲しいとはふっかけすぎにも程がある。
「現状5人で回しているところを1人で、しかもクレームもないなら十分利益はあるじゃないですか。
元々いた5人は事業の拡大に回せばいいですし」
「……」
オランゼが右手の手のひらの真ん中を左手の親指で強く押す。
考え込むときのオランゼの癖である。
提案は分かった。
確かに1人で仕事をこなせるなら、それも苦情が出ないなら5人分の働きよりも優秀なことになる。
3人分の給与を要求する権利もなくはない。
ただ肝心な部分は何も聞いていない。
「どうやってやるつもりだ?」
「それはまだ秘密です」
予想していた質問。
用意していた答え。
言うつもりなら最初からどうやるのか説明した方が早いし確実なのに言わないのだから言うつもりがないのだとオランゼも予想していた。
何をしているか知った上で考えもなくこんな小さいところに来る必要はない。
嘘をついても実際やらせてみればすぐに分かるし騙すにしてもオランゼから取れるものは少ない。
貴族街に入る理由としてもただほとんど通行出来るだけで利用しようもない。
何も分からないなりに考える。
オランゼを騙して何か利益を引っ張れるか、己を客観視して見てみるも悲しいほど利益がない。
料金の引き下げを狙う貴族がいるにはいるが貧民の子を雇って問題を起こさせようなんて、貴族がそこまでやらないと信じたい。
それに入り込むだけなら3人分の給料を要求することもない。
「……明日収集日だ。
いきなりだが出来るか?」
「もちろんです」
「給料は普段は月払いだけど今回は明日1日限りで雇って成果を見て決める」
オランゼが立ち上がり丸められた紙を持ってくる。
テーブルに広げるとそれは都市の地図であった。
都市の西側の平民街の商会があるところをだいたい中心に西部平民街の3割程度と平民街に接する貴族街の一部が赤い線で囲ってある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます