まずはスライムの力を借りて2

「ここが1番苦情の多いところだ。


 この区画をやってもらおう」


 オランゼが指したところはまさしく平民街と貴族街の境目。

 良くない言い方をしてしまえばギリギリ貴族が居を構える地域。


 ただ爵位だけを持っていたりごくごく狭い領地持ちなんかは自分が貴族であるというところにのみ高い誇りを持っていて性格が悪い人も少なくない。


 平民とは違うんだなどというプライドがタチの悪い態度を誘発している。

 純貴族ではなく少し過去を辿れば平民上がりであることがわかる連中ばかりだろう。


 もっとありていに言ってしまうとちっぽけな貴族のプライドだけしか持たない厄介者である。

 そうした人からの苦情が多かった。


「これがこの区画の拡大図だ。


 地図もタダじゃないんだ、無くすなよ」


 もう1つの紙のロールを渡される。

 開いてみるとオランゼが指差した区画の拡大図でゴミ集積所と特にうるさい家が書き込んである。


「やり方は分かるか? 


 ゴミを馬に引かせた荷車に運んで……」


「馬も荷車も俺には必要ありません」


 自信満々に答えるジ。

 ここまで何をしているか聞いてこなかったので何をしているかは知っていると思った。


 しかし貧民街までは利益にならないので手をまわしておらず何をどうするかまでは知らないと考えていた。

 しかしジは全てを知っているようであり、かつ必要なものまでいらないというのである。


「……ふん、まあいい。


 時間もやり方も君に任せる。

 ただあまり遅いとそれはそれで苦情が出るから気をつけろよ」


「ふふっ、期待していてください」


「もしできなければどうなるか覚悟しておけよ」


 交渉は成立した。

 一度きりのチャンスだけど一度あれば十分だ。


 オランゼも酷い苦情がくることは覚悟しておく。


「分かってますよ。


 じゃあ成功のためにあともう1つ」


「なんだ?」


「用意して欲しいものが……」


 ジが最後にちょっとしたお願いをしている間にフィオスはちゃっかりとお茶を飲み干していた。


 ーーーーー


「ふんふふーん」


 次の日ジは朝早くにオランゼの元を訪れてから指定された貴族街の区画に向かっていた。

 薄暗い朝の町はまだ人通りも少ない。


 朝の空気はひんやりとしていて心地よい。


 その上ジはいつものボロ服の上から大きめの濃紺のクロークを羽織っている。

 いつもは迷惑そうな顔をされるのに服一枚で今日ばかりは貧民だと気づく人もいない。


 昨日お願いしていたのがこのクロークだ。

 仕事を完璧にこなしても貧民の子が貴族街をウロウロしていれば平民街より嫌な顔される。

 貴族の子に見えなくても追い出されはしない程度に見える必要はある。


 急遽用意してもらったので少々サイズは大きいが中にフィオスを抱えられる余裕があってむしろ好ましい。


 平民街を抜けて貴族街。

 うるさいとされている家の近くにある集積所から向かう。


 とある空き地。

 今は高く木の壁で囲ってゴミを置いていく集積所になっている。


 詳細まではジに知りようもないけれど家を手放す時は栄転か没落か。

 空き地のままということは恐らく事業に失敗したとか馬鹿な息子が馬鹿をしたとか、どうしたにせよ曰く付きを嫌がる貴族だから買い手がつかなかったのだ。


 仮にこの土地が再び売り土地になってもゴミ集積所になってしまったから買う人はいない。


 それにしても、周辺や特に土地の両側から反発は酷かったろうによく集積所に出来たものだ。

 家の隣にゴミを置きますなんて平民でも嫌がるだろうに。


 積まれたゴミの山はゴミを入れる袋に麻でできた大きな袋を使っているので見た目茶色い。

 この量を素早く運んでいくのは大変なのは想像にかたくない。


 貴族から出るゴミは平民よりも多い。

 これは平民がギリギリまでものを捨てないのに対して貴族はそうでないからである。

 

 食べ物が良い例だ。


 腐りかけでも食べられるなら食べてしまう平民と違い貴族は早い段階でも捨ててしまう。

 服も破けたりすれば手直しせずに捨ててしまう貴族もいる。


 もったいないと思わざるを得ないが価値観の違いがある以上批判するつもりもない。

 ジだって余裕があれば腐りかけよりも新しいものの方がいい。


「よし、頼んだぞ」


 ジは抱えていたフィオスを集積所に放す。

 ポヨポヨとフィオスは跳ねてゴミに近づき、一袋に覆い被さって身体の中に取り込んだ。


 ジワリと麻袋が溶けて中身が見える。食べ物の残りや野菜のクズが出てきたと思えばそれらもすぐに溶けていく。


 思っていたよりも時間がかかる。

 大口を叩いたのにこれでは作業を見られてクレームがつくかもしれない。


 少し心配が胸をよぎるが、やるにつれてフィオスも作業に慣れてきて効率が上がってきた。

 段々とゴミを溶かす速度も早くなり数も複数個まとめて溶かせるようになっていった。


 貴族街のゴミはまだ大丈夫な食べ物も多く質が良い。

 雑食性でなんでも食べることができるスライムにも食べる物の良い悪いや好みのようなものがある、はず。


 ガラクタのようなものでも消化吸収することはできるがフィオスは人でも食べられるもの、特に人と同じようにおいしいものを好む。

 貴族のゴミには料理の残りなんかもあるのでゴミの中ではフィオスの好みのゴミといえる。


 フィオスが全てのゴミを溶かした頃には体積が増えて大きくなっていた。


 野生の魔物の状態ではなかなか見ることもない状態だがスライムは食べた物を完全に吸収するまでは身体の体積が増える。

 フィオスも例に漏れず、ゴミを一気に取り込んだから消化吸収が間に合っていないのでかなり大きくなっていた。


 ただ大きすぎても運びにくいので元の大きさまで小さくなるまで少し待つ。


 中にゴミが入っていると考えると微妙だけど大きくなったフィオスに飛び込む。

 フヨンとフィオスの体が波打ちジを受け止める。


 不思議な感覚。

 他にこの感覚を味わったことのないジには表現できない。

 

 人をだめにするような柔らかで体にフィットする感触に眠気が誘われる。

 朝早くなので余計に眠くなる。


 食べ物系統、それも好ましいものだと消化吸収も早い。

 すぐにシュルシュルと小さくなってきたフィオスから降りて、抱えて次の集積所に向かう。


 慣れてきた上にまだ消化しきれていないのか一時的にいつもよりもサイズが大きめな事でさらにゴミ処理の効率は上がった。

 フィオスはまとめてゴミを包み込みとりあえず溶かして持っていく。


 フィオスの方も何かを察してくれたのか大きくなっても抱えられるサイズまでに収まるようしてくれていた。

 多少のコントロールも効くようで前が見えなくなりそうになりながらもなんとか抱えていた。


 後々ちゃんと吸収する時間を設ける必要はあるがもっと大量に処理した経験もあるのでひとまずゴミだけ処理してしまっても問題はない。


 問題はむしろジの方だった。

 フィオスの処理速度に問題はなく素早く次へと行かなくてはいけないがジの体力がついていかない。


 貧民街を走り回る悪ガキと違って比較的大人しめの性格で体力も子供なりの体力しかない。

 体躯はやや貧相で正確な年齢こそ分からないけれど同年代の子供よりも小さい。


 平民街よりも集積所を設置できた数が少なく1つ1つの距離が離れているので移動に時間がかかる。

 フィオスが処理している間に息を整えるが最後の方ではフィオスの方が早かった。


 その甲斐あってか日が出切る前にゴミの処理を終えた。


 疲れているが人に見られる前に貴族街を抜ける。

 貧民のガキがいると苦情が出ては台無しである。


 急いで平民街まで来てホッとフードを外す。


 今ジが通っている平民街は店が多く明るくなって大分人が増えて賑わいを見せ始めている。すでに朝から働く人のために簡単な軽食を出している露店もある。


 乱れた息を整えて大きく呼吸するといい匂いがする。

 ただお金がない。


 露店に吸い込まれそうになるのを必死に耐えながらオランゼのところに向かう。


「なんだ、問題でもあったか?」


 ノックもなしに商会に入るや否や、オランゼが怪訝な顔をしてジを見る。

 5人かけても早すぎるほどの時間。


 仕事を放棄してきたのかと疑う。


「ここにきたのなら理由は分かるでしょう?」


 昨日来た時と同じイスに座る。

 歩いている間にフィオスのサイズも安定して大分小さくなった。


 まだ若干大きい気もするけれどこれぐらいなら許容範囲内である。


 いろいろ食べたが食べ物系も多かったのでフィオスも機嫌が良くてふんわりとその気持ちが伝わってくる。


「今日の仕事はちゃんと終えました」


「はぁ?」


 オランゼは書いていたペンを止めて目を見開く。

 どんな苦情が出るか考えていた思考が止まった。


「……嘘じゃないだろうな?」


「もちろん」


 少し考える素振りを見せてオランゼが仕事をしていたデスクからジの前に移動する。

 商人である以上他の人より嘘に敏感なオランゼはジを観察するように見据えるが子供が嘘をつく時の目を逸らしたりする仕草はなく余裕たっぷりである。


 オランゼはあえて次の言葉を口にしない。

 気が弱い人なら汗をかいたり手を細かく動かしたり唇を舐めたりと何かしらの反応がある。


 気が強い人でも素人ならオランゼの強面に見据えられると多少動じるものなのに。

 ジの態度は堂々と自信に満ち溢れている。


 これで嘘なら大した役者だ。

 これほどの胆力があるならもちろん商人でもやっていけそうだ。

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