2回目の出会い5

 目をつぶって思い出そうとしてみる。

 最後にフィオスに感情があって自分にもそれが感じられることが分かったことまでは思い出せる。


 それから家に帰って疲れてしまったので寝たはずなのに、どうしてなのか子供時代に戻ってきている。

 今が過去というべきか、それとも子供時代に戻る前を過去というべきか。


 この現象がなんなのか分からないからどうするべきかも分からない。

 とりあえず子供時代に戻る前までの一度目の人生を過去としようと思った。


 確かに出来るならやり直したいと思ってはいたが心の準備すらなくこのような時代に戻されるとは誰が予想できるだろうか。

 もし過去の記憶が正しく流れが変わらないのだとしたら、この先起こるであろうことを考えるとゾクっとする。


 戦争、厄災、災害。この先平民ですら生きていくのがやっとの時代に突入する。

 その日暮らしをしていては準備もできないし暗黒の時代がくれば切り捨てられて死んでいくものになっていく。


 大きな出来事が早々変わるとは思えない。

 過去の記憶を上手く使ってこの先生き残るために何が必要か考える。


 まずは多少お金の余裕がなければなんの活動も出来ない。幸い一度生き抜いたのだ、知識はある。

 ただ切り捨てられる者にはなるつもりはない。


 やってきたことに変わり映えしないがやってきたことで稼ぐ自信はある。

 まだ世の中に広まっていない、この先出てくる技術なんかも知っている。


「お前じゃなかったら困っていたかもな」


 最初の一歩を踏み出すための資金稼ぎは考えるまでもなく思いついた。

 フィオスがいなきゃ最初の一歩すら厳しかった。


 相棒を指先で突いてジケが笑う。


「よう! だいぶ機嫌は直ったようだな」


 フィオスの感触を堪能しているとラウとエニが帰ってきた。

 ラウは両手の指の間に大量の串焼きを挟み、エニは大きな紙袋を抱えている。


「おかえり」


「ただいま〜」


 ジケは起き上がってロウソクに火をつけるとぽわっと優しい光が周りをほんのりと照らしてくれる。

 十分な光量とはいかないけれど月明かりがそれなりに明るいから無理をしなきゃ困ることはない。


「ラウもエニもそれ……」


「へへん、なんと国に兵士として来ないかと誘われたんだ。ちょっとした前払いで金を貰ったからパーっとさ。……それにお前に元気出してもらいたいって、エニが言ったから」


「ハァ!? あんたが言い出したんじゃない! なんで私が言い出したことになってんのよ! あ、いや、別に私も元気出してもらいたかったけど」


 2人とも強力な魔獣を従えることになったのだから当然国からスカウトされる。

 こう考えるともうこの頃から先の出来事に備えていたのかもしれない、そうも見えた。


「そっか……2人ともありがとう」


 言い争う2人の様子を見て自然と笑みが溢れる。

 こんな風に笑うのはいつぶりだろうか。


「へへっ、当然だろ」


「私が言い出したんだから私に感謝しなさいよ」


「何言ってんだ、俺が言い出したんだろ!」


「あんたが私が言い出したって言ったんでしょ。だから私がジケを元気付けてあげたの」


「ぬぅ……」


「はは……はははっ」


 三人で笑い合う。

 以前は嫉妬にまみれ自ら手放した友情だったが今回は手放さない。


「お皿を持ってくるよ。まだ無事なやつがあったはずだ」


 いつまでも串を指に挟んだままでは辛かろう。

 古びた戸棚の中皿を取り出す。普段お皿を使う習慣なんてないのでふっと息を吹きかけると埃が舞う。


「クリーンアップ」


 ジケには元から持っている魔力はほとんどなくフィオスから貰える魔力は微々たるものである。

 それでも全くのゼロとは雲泥の差があり、皿を綺麗にするぐらいならできる。


 指先に水が集まり皿に垂れる。水面に広がる輪のように水が皿の埃を巻き込みながら広がって、皿のふちまでいくとまた指先に水が集まる。


 最初と違い皿は綺麗になり水は埃で濁っている。

 汚れた水をフィオスに差し出すと体内に取り込む。


 フィオスに取り込まれた水はフィオスに馴染むようになりながら消えていきフィオスの体はまた一点の濁りもない美しい半透明になる。


「ほれ、いつまでも手に持ってんの大変だろうからこれに乗っけるといい」


「あんがと」


 ラウはたくさんの肉の串焼きを持っていた。

 引き込むための前払いといえど子供に対して役人がそれほど大きな額を渡すとは思えない。きっと貰ったお金のほとんどを使ってしまっているはずだ。


 エニが持ってきた紙袋にはパンが入っていた。

 いつも食べている硬い安いパンと違って柔らかくふわふわとしたパンだった。


「それで見せてくれよ、2人の魔獣」


「……いいのか?」


 ラウとエニが顔を見合わせる。あれだけ大泣きしてみせたのだから気が引けるのも分かるが魔獣は出して側に置いておくのが一番である。


「出てこい、セントス」


「おいで、シェルフィーナ」


 ジケがうなづくと2人は魔獣を呼び出した。

 魔獣には小さいものから大きいものまで様々で不便になることも多い。


 なので一時的に魔石と呼ばれる石の状態にすることや元の大きさから小さくなることができる。

 サンダーライトタイガーもフェニックスもスライムと同じくらいの大きさで現れた。


 ラウはサンダーライトタイガーをセントス、エニはフェニックスをシェルフィーナと名付けたらしい。

 セントスとシェルフィーナにも串焼きを分けてやるとどちらも嬉しそうに食べ始める。


 それを見たフィオスがジケの腰のあたりに控えめに体を擦り付けてアピールをした。

 ジケにはその目的が分かった。


 串焼きを一本串ごとフィオスにあげる。

 ジワジワと溶けていく串焼き。


 溶かす速さは遅い。

 これがスライム流の味わうという行為なのかもしれない。


「2人はどうするんだ?」


「どうするって何をだ?」


「もちろん王国に誘われた件さ」


 過去の経験からどうするのかは分かっている。

 2人は誘われた通り王国の兵士となる。


 しかし選択肢は何も国に仕えるだけじゃない。

 2人の魔獣ならば冒険者という道もあるし大きな商会や貴族に仕える道もある。


 特にエニは再生の癒しの能力も強力な火の能力も引く手は多い。

 神獣に当たるフェニックスなら宗教団体からも相当上位の立場での話があってもおかしくない。


「俺は兵士になろうと思う。別に国のためにとか興味ないけどお前とかここの知ってるやつとか……エニとかも、守れるもんは守りたいんだ。まあこんな俺にチャンスくれるならちょっとは恩返ししないとな」


「私は…………うん、冒険者ってのも憧れるけどね。でも私に治療の力があるならそれを学びたいかな」


 エニは遠回しな言い方だけど結局のところ王国に所属する道を選ぶということである。

 冒険者で魔法を学ぶことは簡単なことでない。


 ちゃんとした魔法を学ぶなら王国所属になるか、魔塔に所属するか、学校にいくか。

 学校は貧民には金銭面で選択肢に入らず魔塔は閉鎖的集団で研究者的、かつ魔塔につてもない。

 よほどの運と実力がなければ魔塔に入ることは難しい。


 となると一番手近で最善の選択肢は王国に所属してしまうことである。

 エニなら紹介状もなく魔塔を訪ねても一も二もなく受け入れてもらえそうではあるが。


「そうか、いいと思うぞ」


 ジケは優しく笑う。

 ここで遥か将来不幸になるから王国のために働くのはやめておけなんて言えるはずもない。


 むしろ記憶の通り進んでくれれば分かっている問題に対処のしようもある。


「俺については聞いてくれないのか?」


 冗談めかして言ってはみたがやはり2人はまだまだ子供だ。

 気まずそうな顔をするだけでどうしていいか分からない。


「そんな顔するなよ。俺にも仕事のアテはあるんだ」


 想像しているほどに上手くいくかは分からない。

 ただ少なくとも働けはするだろうと思っている。


「次は俺が2人にごちそうしてやるから待ってろよ」

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