初めての海水浴3

「どっちも好きですけど……」


 なんでこの人いるんだと思いながらも邪険にはできない。


「怖い話も大丈夫なんだ?」


「そうですね、ある程度は」


 過去では酒のつまみは同じ酒の席にいる人の話だったことも多い。

 おもしろい話、くだらない話、怖い話、卑猥な話、噂話といろんな話を聞いた。


 怖い話はくだらなくてもおもしろいし、没頭できるものでも酒が進むので結構好きだった。


「あっち、岬が見えるでしょ?」


 リアイが指さした方を見る。

 広がる砂浜が高くなっていって湾の一部をなす切り立った断崖となっている。


「あそこはね、恋人岬っていうんだ」


 ロカ岬という正式な名前もあるが恋人岬という俗称で広く知られている崖。

 リアイが言うには昔遠い国に貿易に行くことになった男性が恋人の女性とあの岬で再会を約束した。


 そして男性は仕事を無事に終えて帰ってくるのだけど帰ってくるときに悲劇が起きた。

 大きな嵐に見舞われて男性の乗っていた船が沈んでしまったのである。


 しかしここから奇跡が起きる。

 船が沈んでしまって行方が分からなくなっていた男性はなんとこの浜に流れ着いたのである。

 

 その後意識がなかった男性は恋人の女性の献身的なお世話によって再び目を覚まして幸せに暮らすことになった。

 そんな話からロカ岬は恋人岬と呼ばれるようになった。


 海に出る恋人の無事を願うことから始まり、今ではこの岬で告白すると成功するなんて言われるようになった。

 ありがちな話。


 恋人に関する逸話は全世界どこにでもある。

 こんな感じで恋人が無事に帰ってくるようなお話しとそこから派生した願掛けはよくあることである。


 ジも過去では酒の席でたびたび聞く話であった。

 だけど良い話だから嫌いじゃない。


「なんもないけど眺めはいいからね。


 デートで行くにはいいかもよ」


「へぇ」


「だけど、恋人岬には怖ーい話もあるんだな」


「恋人岬にですか?」


「そ。


 今話した恋人岬には奇妙な噂もあるんだ」


 まさか同じ場所に関して悪い話もあるなんてとジは驚く。


「割と最近の話なんだけどあの岬に夜中に行くと聞こえるらしいの」


「聞こえる?


 何が?」


「世にも恐ろしいうめき声が。


 なんでも昔あの岬で告白したけど実らなかった女の人が身投げしてその恨みの声が聞こえるんだって話でね。


 何組か夜遅くに恋人岬に行った恋人が海の底から響いてくるこの世のものとは思えない声を聴いたんだって!」


「ふーん、面白い話ね」


「あっ、サーシャ」


 感情たっぷりで話しきったリアイ。

 その後ろには食べ物を買ってきたサーシャたちが戻ってきていた。

 

 どうやらリアイの話を聞いていたようでウルシュナの顔色がちょっと悪い。

 

「な、なんでそんな話するんですかぁ……」


 同じくテントの中で聞いていたリンデランも顔色が悪い。

 二人とも怖い話は苦手なようだ。


「噂は噂だよ。


 きっと岬に当たる波の音とかそんな感じの物が声みたいに聞こえたんだよ」


 悪びれもなくニコニコとしているリアイ。

 こうしたお話もまた思い出の一つになる。


 ついでにウルシュナがこうした話が苦手だとリアイは知っていてちゃんとウルシュナが戻ってきていることも確認した上で話していた。


「そんじゃー楽しんでねー!」


 手を大きく振りながらリアイは帰っていく。

 ふらっと来ては変な話だけ吹き込んでいった。

 

 何だったんだと思うけどいい暇つぶしにはなったのであまり気にしないことにした。


「待て!」


「なんだ?」


 外、日の下で食べるとまた趣が違っていて飯も美味く感じる。

 のんびりとごはんを食べていると砂浜の方で騒ぎがあった。


 砂浜を走る人、そしてそれを追いかける暗い茶色の髪をした黒い鎧の騎士。

 ジは反射的に嫌な顔をしてしまう。


 黒い鎧の騎士は異端審問官であった。

 異端審問官が船乗りらしき人を追いかけているのだ。


 走りにくい砂浜だというのに黒い鎧を着た異端審問官は軽装の船乗りとみるみる距離を詰めていく。

 手を伸ばして船乗りの頭を掴むとそのまま砂浜に叩きつけた。


 いかに下が砂浜であるとはいっても痛そうである。

 爆発したかのように砂が大きく舞って異端審問官と船乗りに降りかかる。


 半分砂に埋まったような船乗りはピクリとも動かない。

 異端審問官は軽く頭を振って砂を払うと船乗りをそのまま持ち上げる。


 そして肩に担ぐとどこかに連れて行ってしまった。


「あいつらどこにでもいんな……」


 やましいこともなければ逃げないだろうから船乗りは何かしたのだろうと思うがなんでこんなところにまで異端審問官が出てきているのだ。

 一度植え付けられた苦手意識はなかなか拭えない。


 それに異端審問官あるところにトラブルもあるのではと疑ってしまう。


「にしてもあれね、鎧つけて良くあんな速さで走れるわね……」


 ウルシュナは素直に異端審問官の能力の高さに感心する。

 船乗りも結構足が速かったのにあっという間に追いついてしまった。


 片手で人を持ち上げる力といい、化け物じみた異端審問官だった。


「おいっ、放せ……げっ!」


「今度はなんだ……?」


 砂浜にいたみんなが異端審問官の動向に注目していた。

 そしたら今度は後ろで騒がしい声がした。

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