初めての海水浴4
どっかで見た光景。
ヘレンゼールが子供の服を掴んで持ち上げていた。
というかよく見るとその子は先日ジのお金をスリ盗ろうとしてヘレンゼールに捕まった子であった。
「どうしたんですか……?」
「このクソガキ、テントの中に忍び込んでいたんです。
性懲りも無く……」
「あ、あんたたちのだって知らなかったんだよ!」
「私たちのでなければ良いとでも?」
「そ、そういう意味じゃ……」
「その悪い手……切り落とした方が良いかもしれませんね」
「ちょ……許して!
まだ何にも盗ってないしさ!」
バタバタと手足を振って逃げようとするがヘレンゼールの力が強くて一切抜け出せない。
細目で目を見れないので心の内は分かりにくいけど多分冗談じゃない。
「た、助けてー!」
少年が周りに助けを求めるが周りの反応は冷たい。
またアイツか、という顔をしてみんな一瞬向けた視線をすぐに逸らしてしまう。
どうやらこの少年、度々問題を起こしているようで周りから見放されている。
「ね、ねぇ……ウソでしょ?」
ヘレンゼールはスラリと剣を抜いた。
「ほんと!
もう反省した!
だからお願いだって!」
「待ってください、ヘレンゼールさん」
「なんですか、ジさん?」
深くため息をついてジはヘレンゼールを止めた。
脅しにしてもやりすぎだ。
少年は泣きそうになっていて本気でビビっている。
「こんな綺麗な砂浜を血で汚すことはないでしょう?」
「もう汚れてますよ?」
「まあ……あれはちょっとですし?
手を切り落としたらあんなものじゃすみませんよ」
先ほどの異端審問官の件で砂浜には船乗りの鼻血が点々と垂れている。
だから若干血で砂浜は汚れているが手を切り落としたらその比ではない血が流れることだろう。
少年も叫んだために周りの視線もある。
「それにタとケに血を見せるつもりですか?」
「うっ……」
不安そうな顔をしてヘレンゼール見つめているタとケ。
ジはともかくリンデランやウルシュナ、双子の目の前で子供の手を切り落としてみせるのは良くない。
「ほれ、一本どうだ?」
「あ……あんがと…………」
ジはヘレンゼールに持ち上げられたままの少年に串を一本渡してやる。
少年は訳も分からないけど笑顔で渡された串をぼんやりと受け取った。
「名前は?」
「えと……ソコ」
「ソコか。
まあ食べなよ」
ジが食べてみせるとソコも恐る恐る同じく串を食べる。
「美味いか?」
「うん……」
「なんでこんな泥棒なんてことしてるんだ?」
腕が疲れるなと思いながらも逃げそうで手を離せないヘレンゼールはとりあえずジの会話のままに任せてみることにした。
丸く収められるならその方がいい。
「父さんが……帰ってこないから……」
串をかじって長いこと咀嚼していたソコはポツリと話し出した。
ソコの父親は漁師だった。
そこそこ優秀な漁師で大きめの船で沖合まで出て魚を取ってくる漁をしていた。
しかし少し前から父親の乗った船が行方不明になったのである。
「天候も荒れてないし、船が沈むはずがないんだ!
でも……船は帰ってこない」
船が帰ってこないということはどこかで沈んだとみるのが普通である。
けれど特に天候が荒れたわけでもなければ父親の乗った船は熟練した船乗りたちが乗っている船で人為的なミスで事故があったとも考えにくい。
魔物にだって簡単に負けない。
それに魔物に襲われたら船はボロボロになって大体どこかで見つかる。
なのに何も見つからない。
まだ父親が亡くなったと誰も断言できないが何かの原因で船が沈んだのだとみんな思っていた。
「母さんが……頑張ってるけど俺の下にも兄妹がいて……」
堪えきれずに涙が出てきてソコが目を腕で覆う。
こんな子供を雇ってくれるところなどない。
元々手癖が悪かったというより手先が器用でちょっとしたイタズラをしていることがあった。
その応用で盗みをして少しでも家計を支えようとしたのである。
「ごめんなさい……でも、俺じゃ他にできることなんてなくて……どうしてらいいのか分からなくて…………」
「父親は死んだと思うのか?」
「そんなわけない!
父さんは生きてる!」
「ならどうしてこんなことをした」
「どうしてって……」
「君の父親が生きていて、帰ってきてだ。
自分の子供が犯罪に手を染めていて、喜んでくれると思うか?」
分からない話じゃない。
でもそれを認めちゃダメなんだとジは思う。
どうしようもない、仕方なかった。
そう言って正当化しようとすることはできるけれど、そうしてはならないのだ。
ソコにとって冷たい言葉に聞こえるかもしれない。
しかしジは過去で犯罪には手を出さずどんな恥辱に塗れても最低のラインは越えずに生きてきた。
だからジは言えるのだ。
「どんなに追い詰められているように見えても何か道はある。
悪いことをしちゃダメだ」
ヘレンゼールはそっとソコを下ろした。
ただごめんなさいと繰り返し泣きじゃくるソコは久々に人の厳しさ、そして優しさに触れた気がした。
自分の父親に顔向けできないようなことをしてはならない。
なぜかひどくぼんやりとし始めていた父親の優しい顔を急に思い出したソコであった。
「そうだな……これから先どうするのかはソコ次第だけど今日は俺が君を雇おう」
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