みんなで海に5
みんなでお店へと向かう。
「暇なんですか?」
「そんなわけないですよ。
伯爵様が来られないので私がお嬢様や双子ちゃんをお守りすることになったのです」
一応扱いとしてはゼレンティガム家のお客さんとなる。
なので私服に扮したゼレンティガムの騎士が何人か付いてくれている。
近くにいる人もいれば少し離れてこっそりと付いてきている騎士もいる。
しかしリンデランなんかはただ他の家の騎士だけに任せてもいられない。
自家の護衛もいるのだけどそれがヘレンゼールだった。
なんか気づいたらこの人いる気がするジであった。
ただ双子ちゃんのそばに居たいというだけじゃない。
ニノサンと戦った時にも分かったがヘレンゼールの実力はかなり高い。
護衛をさせるだけというにはもったいないほどの人物なのであった。
護衛にいてくれると心強い人であることは間違いないので文句はない。
「リンデラン、なんかあったか?」
なんだか少し表情の暗いリンデランがジは気になった。
「な、なんでもないです!」
「……変なの」
ジに声をかけられると少し頬を赤くする。
そんなに悩んでいるようでなくて安心はするけれどいまいち理由が判然としない。
ウルシュナの別荘があるところは貴族の別荘が多いところでもあるが貴族だけが住む地域じゃない。
貧民がいるようなところはなんとなくあるけどそれ以外は首都に比べて境界が薄い。
だから平民っぽそうな人も多く道を歩いている。
「おっ……」
「おっと、ごめんよ!」
話しながら歩いていると1人の子供がジにぶつかった。
ジと同じ年頃に見える褐色肌の少年でよそ見をしていたから避けられなかった。
走り抜けながら舌をちろりと出してウインクして謝っている。
軽く衝撃があっただけで痛くもなかったのでジも軽く手だけ上げて平気だとアピールして対応する。
「あ、お、おいっ!
何すんだよ!」
「いけませんね」
そんな少年の服を掴んでヘレンゼールが持ち上げる。
「どうしたんですか、ヘレンゼールさん?」
「手癖が悪い……盗んだものを出しなさい」
「盗んだ……あっ!」
そこでようやく気づいた。
懐に入れてあったお金の入った袋がなくなっている。
「し、知らねえよ!」
「道のど真ん中で裸にひん剥かれたくなかったらさっさと白状なさい」
「うっ……分かったよ」
こんな道の真ん中で裸にされてはたまらない。
少年がポケットに手を突っ込んでジから盗んだ袋を取り出す。
「ほい……」
ジに袋を投げ渡す少年はちょっと怒ったような、拗ねたような顔をしていて反省した様子はない。
「袋から出した分もあるでしょう?」
「ヘレンゼールさん、いいですよ」
袋の中も確認してみる。
いくらか減っている。
ぶつかった瞬間に袋を盗み、念の為に中身も抜き取っていた。
とんでもない早業だ。
お金を盗まれかけた。
いや、ジだけだったなら確実にそのまま盗まれていた。
普通の人なら怒るだろう。
でもジは笑っていた。
忘れていた。
日常にはこうしたことがあり得ることを。
正しい手段ではないと分かっていながらも生きていくためにしょうがなくこうした行為に手を染めている人もいる。
貧民街に住んでいる貧民の子供にそんなことを仕掛けても得られるものなんてないからやられないだけで誰かが誰かのものを狙うなんて日常茶飯事である。
この少年も自分の出来る範囲のことで生きようとしている。
袋の中の金額を計算すると抜き取れたのはそんなに多い額じゃない。
「油断したのは俺ですし勉強代だと思うことにしますよ」
悪いのは盗んだ人だけど世の中に潜む危険を忘れて警戒を怠ったのはジである。
盗まれるような原因を作ってしまったことも反省すべきなのだ。
それに今は色々とやって上手く生きているが少年の気持ちがわからなくもない。
過去でもジは盗みなどに手を出したことはないがそれは運が良かったから。
いつ犯罪行為に手を出してもおかしくないほどにギリギリな状況であったことが何度もあった。
お店の商品、人の持っているもの、果ては死体の持ち物まで今日を乗り切るためにと手を出してしまいそうになることがなかったなどと言えはしない。
「……それでは甘いですよ」
「甘くて何が悪いんですか?
その子1人を罰したところで何も状況は変わらないです。
俺も、変わらなかったかもしれないですし」
ヘレンゼールがその細い目をわずかに開けてジを見る。
ジも貧民だ。
現在の能力や財力からすれば平民として生活することも可能だがジもまた過酷な状況を生きてきた。
これ以上反論するとその言葉はそのままジにも突き刺さることになる。
ヘレンゼールは少年から手を離した。
「いで!
てーねーに下ろせよ!
あっ、いえ、なんでもありませーん……へへっ」
突然手を離されたのでお尻から地面に落ちてしまった。
少年は怒って抗議するが剣の柄に手をかけたヘレンゼールを見て態度を一変させる。
ペコペコと頭を下げながら少しずつ遠ざかっていき、捕まらなさそうなところまで距離を取るとそのまま走り去っていった。
「……それにしてもよく気づきましたね」
「目はいいので」
冗談なのか本気なのか分からない返事。
ヘレンゼールは非常に細目でジはその黒目すらまともに見たことがない。
「そうですか」
「みなさんも気をつけてくださいね。
ああしたスリがいますので」
ヘレンゼールは終わったことを追及はしない。
そうした危機があるとジも警戒を新たにお店に向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます