今度こそ再会を約して

「うおぉぉぉぉん!」


「ミュコー!」


 大号泣。

 撤収の準備や休息のために数日留まったテレンシア歌劇団も出発の時が来た。


 度々遊びに来ていてくれたエとミュコはすっかり仲が良くなっていて別れを惜しみ、抱き合って泣いていた。

 それはいいのだけど泣き声はちょっと可愛らしくない。


 もう少し女の子らしく泣けばいいのに。

 ジはニージャッドとパトロン契約を結び、商人ギルドの方に公的に保護を得られるように申し出も済ませた。


 テレンシア歌劇団の看板の隅にはフィオス商会の名前もフィオスを模した青いスライムのイラストが描き加えられる事になった。

 テレンシア歌劇団はこれから南の方の国をいくつか回って公演をし、そしてまたこの国に戻ってくる。


 だから永遠の別れでもないがせっかくできた友達だからミュコも別れが惜しい。

 エはジの家を離れて兵舎に入る時にも号泣していたぐらい感情豊かだからしょうがない。


「ミュコお姉ちゃーん!」


「タ!


 ケ!」


 そして次はタとケとも抱き合う。

 こちらとも仲良くなっていた。


 剣舞に興味津々だったのでちょっとお姉さんぽく教えてあげてもいたのでタとケもミュコを慕っていた。


「こらこら、また戻ってくるのだから」


 このままでは出発の時間が遅れていってしまう。

 意外と感情豊かなミュコの新たな一面が見られてジとしては面白いけれど移動の時間は限られるのでさっさと行かねばならない。


 微笑ましい光景だけどニージャッドが笑顔で止めに入る。


「ジィィィィ」


「はいはい」


 名残惜しそうにタとケと離れて最後はジ。

 もう涙でぐちゃぐちゃなミュコを優しく受け止めてあげる。


「ありがとう。


 ほんとーにありがとう」


「うん」


「戻ってくるから……待っててね」


「分かった」


 ジは親指でミュコの涙を拭ってやる。


「これからはこっちで活動することも増えるだろうから会う機会も増えるさ」


「またみんなでワイワイ出来るよね?」


「もちろん」


 ミュコが有名になったらこんな風に会うこともないだろうと思っていた。

 だけどこんな風に笑いながら泣くミュコを見ているときっと何年先でも一緒にみんなで会えるような気がする。


 パトロンになったのだし、いざとなればパトロンの強権を振るってみんなで集まってやろう。


「あんまり無理はするなよ?」


「ジ君こそ、元気でね」


 過去でのミュコとの別れは再会を約束しながらそれは叶わないものであった。


 しかし今度は。

 今度こそ再会の約束は果たされるだろう。


「笑って」


 ジは歯を見せてニッと笑うと。


「こ、こう?」


「ふふっ、違うよ」


 別れはやはり笑顔がいい。

 涙を拭って笑顔を作ろうとするミュコだけど意図して笑顔を作ろうとするとなんか変になってしまう。


「こう」


 ジは口の端を指で持ち上げて笑顔を作ってみせる。


「こう?」


 ミュコもマネをして口の端を持ち上げる。


「そう」


「ふふっ、なんだかおかしい」


「おかしくていいんだ。


 笑顔で別れて、笑顔でまた会おう」


「……うん!」


「おりゃ!」


「いてっ!」


「まーたあんたはそうやって……」


「なんだよ?


 またって」


 エに脇腹をこづかれる。


「ふん、みんなも見てるし早くしなさい!」


「う、分かったよ」


「それじゃあな。


 また会おう」


「うん、またね、ジ君!」


 手を振り別れて、ミュコは荷物が積まれた馬車に乗り込んだ。


「それじゃあリアーネ、頼むぞ」


「任せとけ!」


 この国を出るまでリアーネと雇った冒険者に護衛を依頼する。

 モンスターパニックの影響もどう出るか分からないので念のためである。


「私にはハグしてくれないのか?」


 イタズラっぽく手を広げるリアーネ。


「いってらっしゃい、リアーネ」


「ん……こーいうとこずるいよなぁ」


 せっかくだし応じてやる。

 ギュッとリアーネの腰に手を回してやるとポッとリアーネの頬が赤くなる。


 からかってやるつもりが逆にやられてしまった。


「女泣かせ……だけどお前なら全員幸せにしちゃいそうだもんな」


「こんな子供に何言ってんだよ?」


「んーにゃ、行ってくるぜ、ご主人様」


 リアーネはわしゃわしゃとジの頭を撫でて自分の魔獣であるヘルハウンドのケフベラスに乗る。

 他の冒険者は馬に乗っているが騎乗できる魔物を従えている人には時折こうして自分の魔獣に騎乗する人もいる。


 リアーネも外を移動する時は良くケフベラスに乗っていた。


「じゃーねー!」


 ジは最後にニージャッドに視線を向けた。

 馬車の御者台に乗り込んだニージャッドと目が合って、互いにほんのわずかに頭を下げて無言の挨拶を交わす。


 応援する者と応援される者。

 ジとテレンシア歌劇団はどちらの立場でもあり、互いに手を取り合えるパトロンとなった。


「行っちゃったね」


「そうだな。


 でもまた会えるから」


 遠くなるテレンシア歌劇団を見送って。

 ジもテレンシア歌劇団も新たな門出を迎えたのであった。

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