応援したい人
まるで何事もなかったかのように建国祭の終わりは王様によって宣言された。
賑やかさの余韻と名残惜しさに後ろ髪引かれながらもそれぞれ日常の生活に戻っていく。
「今回の公演は大成功でした。
最初はどうかと思いましたがこのご依頼を引き受けて良かったと思います」
建国祭が終わり、労いの食事会もやってその日の夜にニージャッドが訪ねてきた。
激動の数日だった。
貧民街での無料公演から始まって最後には王様の前でまで公演することになった。
こんな経験はきっと二度とないだろうと思えた。
さらにはミュコの剣舞を完成させてくれた。
ミュコも明るくなったしそれが剣舞をもっと良くしてくれている気すらしていた。
広い客層に向けて公演したことでテレンシア歌劇団の名前も多くの人に知られることになった。
過去1番実りの多い仕事だったと断言しても差し支えがない。
「いえいえ、こちらこそ不手際なこともありましたが無事公演を終えられてよかったです」
「不手際なことなんてありませんでしたよ。
それで今後につきまして話し合いと思いまして」
「もう出発なされるつもりですか?」
「すぐにとはいきませんが次の仕事もありますので」
「そうですか……」
「そして1つご提案したいことがあるのですが」
「提案ですか?」
ジの家、古ぼけたテーブルを挟んで座る。
ジはフィオスを抱えて座り、安めのランプの炎がぼんやりと2人を照らす。
ニージャッドは優しく微笑んでいて、建国祭での公演に確かな手応えを感じていた。
そして考えていたこともあった。
「フィオス商会で私たちのパトロンになってくださいませんか?」
「……えっ?」
全く予想もしていなかった言葉に一瞬理解できなかった。
パトロンとは商会における後援と同じで芸術関係を支援する人のことをパトロンと呼ぶのである。
どこまで関わっていくのかはそれぞれの関係性に依るのだが一般的には金銭的な支援をしたり定期的に公演を依頼したりする。
商会がパトロンになるなら例えば損害の負担や劇団などの保護も行なったりする。
広く活動することがある劇団などなら商人ギルドにお金を払うことで離れていてもそちらである程度保護してくれる制度もある。
個人ならともかく商会単位でのパトロンともなると何か失敗したりすれば責任を負うことになるので中々難しい。
それでもパトロンがいてくれると後ろ盾があるということで活動はしやすくなるので、基本的にこうした芸術活動をする人はパトロンが欲しいものである。
過去ではテレンシア歌劇団は特定のパトロンを持っていなかった。
事情があるのか知らないがどんなパトロンの申し入れも受けてこなかった。
驚くジの顔を見てニージャッドが目を細めて笑う。
「こうして名前が知られた以上はこの国でも活動していきたいと思っています。
つきましてはそのお手伝いをジ君に、そしてフィオス商会にしてもらいたいのです」
「な、なんで俺に?
もっと良いところからのお誘いだってあるでしょう?
それにパトロンの経験だってないし……」
嬉しくない誘いではない。
むしろ自分をパトロンに選んでくれたことに喜びがある。
けれど理由が分からない。
こんな大切なこと情では選べない。
独断で決めることでもなくみんなも納得する理由が必要だ。
「ミュコが君のことを気に入っているから」
「ええっ?」
「……なんていうのは冗談だ」
あながち冗談でもないがとはニージャッドは思っている。
でも流石にそれでパトロンになってくれと頼むほど情にほだされもしない。
「この世の中に生まれながらにパトロンであった人なんていないです。
誰しも始まりがあって、成長を遂げて、一人前となる。
パトロンの経験がないことがなんの障害になるでしょうか」
穏やかな話し声。
悪いが安らいでしまって眠さすら感じてきてしまう。
「そしてこれは私の考えなのですがパトロンとは一方的な関係ではありません。
芸術を応援したい人が芸術を応援するのはもちろんなのですがそれだけではありません。
時に応援される芸術は応援するパトロンを応援するのです」
「どういうことですかね?」
多少眠くて動きは悪いけどそれでもまだ意識はハッキリしている。
それでもちょっと理解できなくて小首を傾げる。
「なぜ芸術を応援するのか。
それはそこに金銭的な価値を見出してということもあるでしょう。
ですが時には美しさに心打たれ、時にはその芸術に元気をもらってということもあるでしょう。
そうした時、人は芸術から元気をもらって応援されているとも言えます。
そしてパトロンになるということは応援するだけでなく、応援されるような関係でもあるべきだと思うのです」
ただお金を出して活動を後押しするだけじゃない。
その代わりに芸術を通してパトロンを応援することも関係として必要なのであるとニージャッドは考えていた。
「私は、私たちはあなたという人を応援したいと思ったのです」
まだ始まる移動の段階からリアーネを付けてくれて、食料が足りないと聞けば危険を冒して運んできてくれた。
着けば細かく心を砕いて気を配ってくれて、最高の舞台まで用意してくれた。
テレンシア歌劇団のみんながジに恩返しをしたいと言った。
もちろん最高の演技を持ってその期待には応えたのだけど、ジはそれ以上にテレンシア歌劇団のために色々してくれていたとみんなが思っていた。
「応援し、応援される相互の関係。
互いが互いを盛り上げていける。
それが私の思うパトロンというものなのです。
そして、そのパトロンになってもらいたい。
私たちもあなたを応援したいのです」
これまで多くの人が支援したいと言ってくれた。
ありがたい申し出で心揺れるような条件を提示してくれる人も決して少なくはなかった。
でもその中に自分たちの活動を通して応援したいと思えるような人はいなかったのだ。
ジに会うまでは。
ニージャッドの思いを聞いて胸に熱いものが込み上げてくる。
嬉しさに泣き出しそうになる気持ちを堪えるために一度考えるようにフィオスに視線を落とす。
フィオスにジの嬉しさの感情が伝わり、フィオスも嬉しくなる。
フィオスの嬉しさがジに伝わり、ジの中の嬉しさがさらに大きくなる。
「まだまだ未熟な俺ですが、本当にいいんですか?」
「それ言うなら我々もまだまだ未熟な劇団です」
「……俺をテレンシア歌劇団のパトロンにしてくれますか?」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
互いに応援し、互いを高め合っていくパトロンという関係。
未熟であるなら学び、成長すればいい。
照れ臭そうにニージャッドと握手を交わすジの感情は喜びに打ち震えるフィオスが存分に表してくれていたのであった。
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