閑話・悪魔が城に現れた6
攻撃後のことまで考えていなかった。
だから考えが足りていないのだとビクシムに怒られるのである。
「グボッ!」
幸いなことにライナスを受け止めてくれる人がいた。
「うぅ〜いってぇ〜!」
「ふっ、なかなかやるではないか、少年」
「黒い……鎧?」
床や壁への直撃は避けられたが受け止めてくれた人に問題があった。
大きな黒い鎧の男性で柔らかく受け止めてはくれたけど固い鎧にぶつかった衝撃は殺しきれない。
受け止めてもらったところが痛くて悶える。
まるで聖騎士とは真逆にあるような黒い騎士はヘルムの奥の琥珀色の目を細めて笑っているように見えた。
「あ、あいつは……」
「それなら心配するな」
ライナスが魚の化け物をみるとちょうど同じような黒い鎧の騎士が斧で魚の化け物の腕を切り飛ばすところであった。
叫び声を上げながら倒れる魚の化け物。
その腹にはライナスの剣が突き刺さっている。
ライナスが狙ったのは一点。
最初の方で突いて割った鱗の箇所。
ほんのわずかな、鱗一枚の隙間。
下から斜め上へと突き刺した剣は心臓に到達していた。
それでもまだ魚の化け物は死ななかった。
だが黒い騎士が腕を切り飛ばし、そして胴体も真っ二つに切り裂いた。
「異端審問官……」
誰かの呟きがライナスに聞こえた。
以前ジがすごい勢いで文句を言っていた。
人の言葉も聞かないヤバい奴ら。
子供を拘束する異常者集団。
あまり大きく人のことを批判しないジがそんな風に不満を漏らしていた相手が異端審問官だった。
周りを見ると戦いは終わっていた。
何人かの黒い騎士たちが化け物たちの死体を処理していて、虫の化け物だけは息をしているようだ。
「なぜこんなことをした」
パージヴェルとクーリーの戦いもほとんど終わりを迎えている。
パージヴェルも頭から血を流しているが大きな怪我はない。
クーリーは膝をついて力なくパージヴェルを見上げ、パージヴェルは悲しみをたたえた目でクーリーを見つめている。
ワーウルフのようになったクーリーの毛皮はところどころ焼け焦げていて、口の端から血が垂れている。
「そのような偽りの力に手を出す男ではなかっただろう……」
パージヴェルはクーリーと会ったことがある。
元四大貴族の1人の息子であり、クーリー自身も強い魔獣を従えた優秀な戦士だった。
強さに憧れがあってパージヴェルに勝負を挑んできたこともあった。
内紛が起きて王弟側につき、父親が拘束された後も指揮能力も発揮し戦場ではその強さを遺憾なく見せつけていたと聞く。
父親が王弟側についてしまった以上は選択肢もないだろうから敵対するのにしょうがない事情があることは飲み込める。
けれどなぜこのような姿に身を落とし、未来もない暗殺という手段に出たのか。
「答えてはくれないのか」
「ヘギウス様、そちらのものは我々で……」
異端審問官がクーリーを拘束しようと近づいてきた。
「黙れ。
今ワシが話しているだろうが」
「う、な、は、放してください!」
クーリーに手をかけようとした異端審問官の肩を掴むパージヴェル。
メキョッと音を立てて黒い鎧がひしゃげ、無理矢理異端審問官を引き寄せる。
「誰の許可を得て勝手に手を出しておる?」
「も、申し訳ございません……」
あまりの圧力に肩の痛みも忘れる。
「ヘギウス卿、御無礼をお許しください。
このままではその者の肩が使い物にならなくなります」
ライナスを受け止めた異端審問官が間に割って入る。
「ブラノード……」
パージヴェルが手を離すと異端審問官が床にへたり込む。
「どの道そちらの方に話す気がないのでしたらここでいつまでも睨み合っていられないでしょう。
ヘギウス卿のご意思を確認する前に手を出したことは謝罪いたします」
「…………妻のところに行く」
一触即発の空気。
パージヴェルは頭を振って冷静さを少し取り戻すとブラノードに背を向けた。
「そちらの方を拘束してください」
黒い騎士たちがクーリーを床に組み伏せて丈夫な鎖で縛り付ける。
「言いたいことはいろいろあるが、ひとまずよくやったじゃないか」
「げ、師匠!」
異端審問官の登場で戦いが終わった安堵感もなく重たい空気が漂っていた。
アルファサスの治療を受けるライナスの後ろにはいつの間にかビクシムが立っていた。
弟子もいるし制圧に向かえと王様の指示を受けてビクシムが来ていた。
化け物のうちの1体はビクシムが倒していた。
クロッコも無事であり兵士と歴史ある劇場の損害はあったが招待客にも被害はなく襲撃事件は幕を閉じた。
これほど大きな事件、隠すこともできるはずもなく噂は広まる。
しかし隠されたこともあった。
それは王城の宝物庫も襲われていたということ。
こちらのことは秘密裏にされて噂として広まることもなかった。
ジの回帰前の記憶にはこんな事件はなかった。
ジの周りの良いことだけではない。
ジの関わらないこと、良くないことでも変化は起きているのであった。
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