閑話・悪魔が城に現れた5
ライナスの体が水の魚にぶつかる。
水の魚そのものは脆くて勢いよくぶつかるだけで壊れていく。
剣の先、剣の中ほど、剣を握る手、肘。
ピンポイントで魔力を噴出させ低魔力で高い推進力を生み出す。
「はああああっ!」
見えてはいるようだけど反応が追いついていない。
ヒレで防ごうとしたが間に合わずライナスの剣が魚の化け物の肩口に当たる。
鱗を切り裂き、刃が中にまで届く。
「グフッ!」
まだ体が使える力に耐えきれない。
剣を振り切ったライナスは速さのために許容を超えてしまい、痛む肩に顔を歪めた。
次の瞬間蹴りが飛んできてライナスの腹につま先がめり込んだ。
「痛え……じゃねえか!」
肩から脇腹にかけて大きく斜めに切り裂いた。
けれどその傷は浅く、致命傷とはならなかった。
痛みのせいで頭に血が上り、反射的に飛び出してきた足をモロに食らってしまった。
「クソックソックソッ!」
魚の化け物は頭を振る。
ぼんやりとして本能に支配されていた意識がハッキリとしてきた。
体に満ちる力は素晴らしくこれまでにないような全能感がある。
なのにあんなガキに傷付けられるなんてと抗いようのない怒りが渦巻いて頭がおかしくなりそう。
感情のコントロールが効かない。
頭の中で殺せと声が叫んでいる。
感覚が鋭敏になりすぎて気持ち悪い。
聞こえる人の声がこだましてうるさく、血の匂いが甘美で、切られたところがとても痛い。
「今だ!」
なぜか知らないが魚の化け物の動きが止まった。
兵士たちが一斉に攻撃を仕掛ける。
「うるさい」
もはやナイフはいらない。
迫る剣の一本を無造作に掴んで逆の手のヒレで兵士を切り裂く。
兵士の剣が体に当たって鱗がひび割れるが気にしない。
己の頑丈さと感情に任せて魚の化け物は暴れ始める。
水の魚が飛び回り、とんでもない速さでヒレを振り回して攻撃する魚の化け物に兵士たちがやられていく。
「ライナス君、大丈夫ですか?」
教会関係として招待を受けていたアルファサスがライナスを治療する。
「一撃……それでいいんだ」
「無理はいけませんよ?」
もうほとんどの人の避難は終わっている。
あと少しでドッと兵士が押し寄せて相手を制圧してくれることだろう。
何もライナスが無理をして倒すことはない。
「でもアイツはまだ暴れてる。
大人しくさせるためにも、これ以上被害を出さないためにも一撃加えてやる……!」
「一撃食らわせられる算段があるのですか?」
「……ある!」
「ふむ、ならばご協力いたしましょう。
デレク、ルデニアス」
「はっ!」
「なんでございましょう」
アルファサスの後ろに控えていた2人の白い騎士。
聖騎士であり、アルファサスを護衛するために来ていた。
「アレの動きを止めればいいでしょうか?
それとも何か特別してほしいことはありますか?」
「じゃあ……動きを止めてください」
「頼みますよ」
「お任せください」
デレクとルデニアスが前に出る。
「神よ、力をお貸しください……」
デレクが意識を集中し始め、ルデニアスが魚の化け物に向かって走り出す。
ルデニアスの動きを見抜いていたかのように一斉に水の魚がルデニアスに押し寄せる。
それでも構わず走るルデニアスに続々と水の魚が噛みついていく。
しかしルデニアスの固く、魔力も込められた鎧の前には水の魚も歯が立たず水の魚を無視してルデニアスは兵士と戦う魚の化け物に接近した。
両手で持った大きなメイスを真っ直ぐに振り下ろした。
魚の化け物はクルリと振り返るとなんとメイスを片手で受け止めた。
すぐさま逆のヒレが迫るがルデニアスは冷静にメイスから手を離してヒレをかわす。
そして視界を塞ぐように掌底で鼻を殴りつける。
「邪悪なモノを捕らえ給え。
ホーリーチェーン」
ルデニアスの後ろから光り輝く白い鎖が伸びてくる。
デレクの神聖魔法である。
鼻を思い切り殴られた魚の化け物はホーリーチェーンから逃げることが出来ずに手足が捕まった。
「今ですよ、ライナス君」
「へへ、ありがとうございます!」
力づくでの抵抗空しくホーリーチェーンに引っ張られて大の字に体を晒す魚の化け物。
ライナスは剣を持つ右手を引き、左手を剣先に添えるように伸ばす。
グググッと足に力を込めて、まるで弾丸のように一気に飛び出した。
ビクシムはよく言う。
何も特別なことなどないと。
基礎的なことを極めることが最も高く上り詰めるために必要である。
恐ろしく地味なことの繰り返し。
そこに意味はあるのかと問いたくなるような修練をこなしている。
まだ虎の爪は研ぎ始められたばかりである。
「ぬ……ぐおおおおっ!」
魚の化け物から黒い魔力が噴き出してくる。
ホーリーチェーンがミシミシと音を立てて、大の字になった腕が引き戻されていく。
「そこだ」
走り出すと同時にライナスは剣を突き出した。
「……危ない!」
ホーリーチェーンが砕けた。
ただ、もう遅かった。
ライナスが走り出した、そのわずか数瞬後にはライナスの剣は魚の化け物に突き刺さっていた。
ヤバいとライナスは思った。
速度を制御しきれていない。
魚の化け物の体に剣を残してライナスは自分の速さを殺しきれずに飛んでいく。
そのままの速度でどこかにぶつかれば無事では済まない。
「うわああああっ!」
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