閑話・悪魔が城に現れた4

「ガ……キ!」


 そんな痺れも一瞬で押し退けて魚の化け物がライナスの頭を噛み砕こうと尖った歯を見せて大きく口を開けた。


「おう、まだガキで師匠みたいにゃいかないな」


 師匠であるビクシムならとライナスは考える。

 鱗も容易く切り裂いて今頃この奇妙な化け物は細切れになっていたに違いない。


 まだまだ体の筋力や魔力のコントロールの実力が足りず鱗を破壊するにとどまった。

 ビクシムが見ていたら鼻で笑われていたかもしれない。


「グガァッ!」


 ライナスに迫る魚の化け物を兵士たちが後ろから攻撃した。

 的確に状況を判断してライナスに注意が向いている間に攻撃するあたり、やはり優秀な兵士たちである。


 鱗が硬くて切れないがライナスの攻撃とは違って殴りつけるように振り下ろされた剣の衝撃に魚の化け物は頭から床に突っ込んだ。


「硬いなコイツ」


 本当なら頭を2つに裂いてやるつもりだった兵士は眉をひそめた。


「コイツを拘束して他の奴を倒しに……」


 ピクリとも動かない魚の化け物。

 気を失ったのなら逆にちょうどいいと思った。


 拘束して話を聞くことやこの化け物への変化がなぜ起こったのか調査が出来る方がただ倒すだけより都合がいい。

 起きないように見張りつつ拘束するために鉄の鎖を持ってくるように指示を飛ばす。


 必要な人員がいればあとは他の化け物に回してもいいだろうと思った。

 そんな時だった。


「魚……?」


 視界の端を何かが泳いでいた。

 ふいとそちらの方に顔を向ける。


「水の魚……なんだこれは?」


 気づくとそこら中を泳ぐようにして水の魚が浮いていた。

 優雅にヒレを動かして空中を泳ぐ。


 幻想的で美しいとすら思える。


「うわああああっ!」


「なんだ!」


 兵士の1人の首筋に水の魚が噛みついていた。

 小魚のような見た目をしながら口には鋭い牙があって首に突き刺さっている。


 水の魚の体に血が流れ込んで赤い魚に変わっていく。


「く、クソッ!」


 噛みつかれた兵士が乱雑に水の魚を握りつぶす。

 簡単に水の魚は消し去れたが首の傷は本物だ。


「危ない!」


 ライナスが叫んだ。

 全員の注目が水の魚に集まっていた。


 その隙に音もなく魚の化け物が立ち上がっていた。

 さすがは訓練された兵士。


 ライナスの声に素早く反応して振り返り、下がりながら剣を前に出して防御体勢を取る。

 ガキンと音がして剣に魚の化け物が噛みついた。


「うしろ!」


 兵士の後ろに水の魚が集まっている。

 咄嗟の判断で兵士は剣を手放して床を転がる。


 直後兵士がいたところに水の魚が飛び込む。

 魚の化け物に当たって形を失い水が散る。


 そのまま気づかずにそこにいたら全身を水の魚に噛みつかれていたことだろう。

 空中に水が浮かび、魚の形を成していく。


「なんだありゃ……」


 美しいとすら思えるのにゾクリとする圧力も感じる。


「ライナス、逃げろ!」


 魚の化け物の視線がライナスを捉えた。

 水の魚が一斉に動き出してライナスに向かう。


「なんでだよ!」


 周りには大勢兵士もいるのになんでこちらを狙うのか。

 襲いくる水の魚をかわし、剣で切る。


「ふざけんなよ、お前!」


 そんなライナスに魚の化け物が迫る。

 乱雑に振り回されるナイフをかわしてライナスが反撃で切りつけるが鱗に阻まれてダメージを与えられない。


 ライナスは判断を間違えた。

 ここは反撃ではない。


 まだ回避を続けるべきだった。

 ライナスの腕に水の魚が迫っていた。


 回避行動を取っていればかわせただろうが攻撃行動を取っていたためにほんの一瞬行動が遅れた。


「うっ、ナメるな!」


 歯が腕に食い込んで鋭い痛みが走る。

 実践の経験が少なくまだ子供であるが故に痛みというものに弱い。


 怯んだライナスは腕に電撃を走らせて水の魚を打ち消す。


「させるかぁ!」


 何人かの兵士たちが飛び込んで魚の化け物に切りかかる。

 ライナスが水の魚に気を取られている隙に襲いかかる魚の化け物を止めようというのだ。

 

 このままではライナスも危ないし、相手が奥の手を出してきたなら悠長に戦っては被害が拡大してしまう。


 パンっ。


 魚の化け物に切りかかった兵士の1人の目の前に水の魚が割り込んできて破裂する。

 軽く弾け飛ぶように破裂してピシャリと顔に水がかかって一瞬視界が奪われた。


「トミン!」


 まるで後ろが見えているよう。

 急ブレーキをかけて体を反転させた魚の化け物は水をかぶった兵士に向かって走り、大きく腕を振った。


 兵士の首が落ちた。

 ナイフを持っていない方の腕を振ったのにと思った。


 兵士の首を落としたのは魚のように変貌して腕に生えているヒレであった。

 刃物にも劣らない切れ味を見せ、スパリと兵士の首を両断した。


 段々と戦い方も洗練されてきている。


「だからなんで俺なんだよ!」


 再び水の魚がライナスを追う。

 下がりながら剣を振り水の魚を打ち消していくが水の魚の数の方が多く、打ち消すのが間に合わない。


「なら……やられる前にやってやる!」


 逃げるのは性に合わない。

 逃げ回っているだけでは敵は倒せずジリ貧になる。


 攻撃は最大の防御。

 ライナスは急加速して水の魚に突っ込んでいく。

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