閑話・悪魔が城に現れた2

 悲鳴が響き渡る。

 黒い石と魔石を飲み込んだ者たちの姿が次々と変わっていく。


 やや人の形を保ちながらも異形の化け物になっていく。


「招待客を避難させろ!」


 王様の指示が飛ぶ。

 声に魔力を込めて広くみんなに聞こえるように、そして魔力によって頭に響くような声にみんなが正気を取り戻す。


「あ、あなた……?」


 隣にいた旦那が異形の化け物に変わってしまった。

 貴族の年配女性の耳には王様の声も届いておらず、黒く肥大して体に埋まったような旦那の顔の面影からただ目を離せないでいた。


 半開きになった口からはよだれが垂れていて光の入らない目が妻を見つめ返していた。

 ゆっくりと右手を持ち上げる。


 貴族の年配女性の胴体ほどもある太さに膨れ上がった腕が、振り下ろされた。

 一切の状況も分からず体が動かない。


「女性に暴力はいけませんよー」


 ゴンッ。

 人一人容易く叩き潰してしまいそうな腕は貴族の年配女性の目の前で止まった。


 半透明のシールドが貴族の年配女性を守っていて、腕はそのシールドに防がれていた。


「どもども~クロッコちゃんでーす」


 異常な個体であったゴブリンを倒すときに外部に影響が出ないように防御魔法で結界を張った女性魔法使いのクロッコがふわりと宙に浮いていた。

 非常に優秀な魔法使いでどれだけ攻撃しても再生してきたゴブリンを消滅させるほどの攻撃をその内部にとどめさせる強固なシールドを張っていた。


 ジの記憶にはなかったクロッコ。

 これだけ優秀なら名前ぐらい聞いていてもおかしくはないのに知らなかった理由は、過去においてはクロッコは若くして死んでしまっていたからである。


 優秀だったクロッコは過去で王弟との戦争中に王弟を追い詰めた。

 しかし逆に王弟に討たれてしまったのである。


 戦争の途中であったしまだ若くて功績も少なかったクロッコはそのまま人に知られることもなく時代に飲まれていった。


「みなさーん、お逃げくださーい」


 クロッコが手を振ると化け物になった人たちの周りにシールドが張られる。

 多数いる観客を一人一人守るよりこうして拘束してしまった方が楽である。


「こちらに!」


 ここにアユインがいなくてよかったと王様は思う。

 悪いが国王である以上は大事になってはいけないと先に王様は避難を開始する。


「パージヴェル!」


「お前は先に避難していてくれ!」


 避難する人の波に飲まれていくリンディア。

 愛する人を守るためには力のある者が戦うのが良い。


 パージヴェルは残って戦うつもりだ。

 見るとルシウスもいるがこちらは避難している。


 サーシャには戦えと言われているが演劇を見に来るのに武器なんか持っていない。

 パージヴェルも剣で戦うのが普通だけど素手でも戦える。


 ジャケットを脱ぎ煩わしい蝶ネクタイを投げ捨てる。


「リンディアにはこんなことやめろと言われるがこうしている方が性に合っているわい」


 パージヴェルはまだまだ現役の戦士。

 大人しく演劇を見ているよりも体を動かしていることの方が自分に合っている。


「目的が何かは知らんが王城を襲うとはいい度胸じゃないか」


 敵は5人。

 パージヴェルはクーリーの方に向かう。


「降参したら?


 そしたらこっちも楽なのにさ~」


 全体の状況を見回すクロッコ。

 化け物になったのはステージ上の役者、貴族のお客さん、兵士、それとスタッフが2人。


 少しずつ違いはあれどどれも似たような変化を遂げている。

 体大きくなって、黒い。


 まるで低級の悪魔種のような醜い感じがある。


「パージヴェルさん大丈夫かな?」


 その中でも1人だけ違うのはクーリー。

 最初は他と同じく肥大した見た目をしていたのにだんだんと体が圧縮されて今はワーウルフのような見た目になっている。


 真っ赤な瞳を見てると何故か背中がゾクリとする圧力を感じる。


「ん?」


 シールドに閉じ込められた化け物たちが暴れ始めた。

 やたらめったらシールドを殴りつけて壊そうとしてクロッコが顔をしかめる。


 意外と力が強くて微妙に離れたそれぞれのシールドを維持するのがツライ。

 まだ避難は終わらない人が詰めかけるせいで流れが悪くてむしろ時間がかかってしまっている。


 警備の兵士はいるが増援が来ようにも避難が終わらねば来られないだろう。


「パージヴェルさんごめんねぇ〜」


 相手になる人がいるなら解いてもいいだろうとクーリーのシールドを解く。

 けれど他のシールドも長いことは持たない。


 ひび割れていくシールドを見ながらクロッコは肩をすぼめた。

 ロイヤルガードの1人ぐらいは回してくれたらいいけどこうなると王城内部でも襲撃の可能性があるのでロイヤルガードは来られないかもしれない。


「まだ変化が続いてるねぇ」


 シールドを殴りながら化け物たちは体をより変化させていた。

 あるものは翼が生え、あるものは体に鱗のようなものが生えてきている。


 似たような見た目だったのに個性のようなものが見えてきた。

 それに伴いさらにシールドを殴る力が強くなる。


 それぞれの化け物を取り囲む兵士たちにも緊張が走る。

 少なくともまだ避難している人のところには行かせられない。

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