閑話・悪魔が城に現れた1
夜、王城では演劇が行われていた。
テレンシア歌劇団も使ったステージをこの国を中心に活躍する大きな劇団が使っている。
言い方は悪いがテレンシア歌劇団は前座みたいなものでこちらの演劇がメイン。
ジに誘われてリンデランやウルシュナはいないけれど昼もいた大人の貴族たちは大体いる。
素晴らしい演劇ではあるが王様の手前で奇抜なこともやれないのでベーシックな題材の演劇を丁寧にこなしている。
いい演劇なのだけど良くある題材。
それに貴族には演劇を見る機会が平民よりも多い。
パージヴェルなんかはジッと演劇を見ることに耐えられないような人でもあった。
「グオッ」
「せめて寝ないでいなさいな」
リンディアに脇腹を突かれて寝かけていたパージヴェルは背筋を伸ばした。
テレンシア歌劇団の公演はあまり見ないタイプのもので、とても面白かったので暇に思うことなどなかったのに演劇となると眠くなる。
別に今始まったことではない。
昔からこうなので直しようもなくてリンディアもため息をつく。
自分でお金を出して観に来たならともかく招待に預かって観に来ているのだから暇でも寝るのはいただけない。
「そう言われても俺は覚えてるんだ」
「何をです?」
「今やっている演劇の内容はお前と観に行ったことがある」
声をひそめて話すパージヴェルとリンディア。
「まあ」
「……覚えていないとでも思ったか?」
「まさしくそうよ」
「信頼がないな……」
「ふふふっ、冗談よ」
演劇の内容はよく覚えていない。
とにかくリンディアとデートできることが嬉しくてガチガチになっていて、舞台を見つめるリンディアの横顔を気づいたら眺めてしまっていた。
ただ記念すべき日であるし演劇の演目だけは記憶にある。
「いつまでも少年のようね。
演劇の時も私の顔ばかり見ていたじゃない」
「ぬっ……き、気づいていたのか?」
「あんなに穴が開くほど見つめられて気づかないはずないでしょう?」
リンディアには一生敵わない。
でもそれでいい。
演劇などどうでもいいがリンディアに恥をかかせるわけにはいかない。
パージヴェルは背筋を伸ばす。
少なくとも観ているフリぐらいはしておく。
「ん……?」
みんなはステージの演劇を観ているがぼんやりと全体を見ていたパージヴェルは気づいた。
ステージ下の端の方に1人の男がいる。
姿的には劇場運営のためのスタッフのようだけどなんだか様子がおかしい。
その時は何がおかしかったのか分からないが良く観察してみて違和感の正体に気がついた。
その無精髭を生やした男は誰かを睨みつけている。
なぜこんな状況で誰を睨みつけているのか。
そしてよくよく見るとその顔には見覚えがあった。
見覚えはあるのだけど誰なのか思い出せない。
「何を見ているの?」
「いや……見たことがある顔がいてな」
「ここには貴族ばかりなのだから当然のことでしょう?」
「そうではなくてだな……」
人の顔を覚えるのは得意な方。
見たことがあるならどこかで会った可能性がある。
あまりにも見つめすぎていたせいか相手の男が視線をずらした時にパージヴェルと目が合ってしまった。
深いグリーンの瞳。
強い意思を宿したやや切長な目を正面から見つめた瞬間にパージヴェルはパッと思い出した。
「クーリー・ジャクレオン!」
元四大貴族であったヘンヴェイ・ジャクレオンの息子であるクーリー・ジャクレオンがスタッフの男であった。
謀反の時には王弟側の旗印ともなったジャクレオンは最後まで王弟の味方として戦ったが王弟が追い詰められた時に王弟を逃すために残ってその兵士のほとんどが捕まった。
ヘンヴェイは謀反の際に捕まって処刑されたのだが息子はその後も王弟側としてジャクレオン家を率いて戦い、戦争の決着がほとんど決まると姿を消してしまったのだ。
裏切り者として探されているはずの人物がどうしてここにいるのか。
クーリーはやや長めの髪でいつも身なりは小綺麗にしていた。
しかし今は長かった髪は短く切り揃えられ、無精髭を生やしているのでパージヴェルも気づくのが遅れてしまった。
なんだか嫌な予感がした。
「あれは……いかん!」
クーリーはポケットを漁ると右手に黒い丸い石、左手に魔石を取り出した。
それが何を意味しているのか知っているパージヴェル。
記憶の中でリンデランの誘拐犯である木のような男のことが思い出された。
パージヴェルの悪い予感の通りにクーリーは丸い石と魔石を口に含んで飲み込んだ。
「全員逃げるんだ!」
「あなた……?」
「クーリー・ジャクレオン!」
客席から飛び出してパージヴェルがクーリーに向かう。
あの時の男と同じなら体が魔獣と同化したような化け物になる。
そうなる前に倒す。
拳に炎をまとわせてパージヴェルがクーリーに向かって突き出す。
「あなた!」
手応えはあった。
思い切り拳がクーリーに当たった。
けれど殴られながらクーリーもパージヴェルを殴りつけていた。
そこそこ体格が良いパージヴェルの方がぶっ飛んでいく。
そしてようやく他の観客たちも異常事態に気づく。
舞台上に出ていた役者、警備を担当してた兵士、そして招待された貴族まで数人が突如として黒い石と魔石を取り出して苦しそうにしながらもそれを飲み込んだ。
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