美しき月になる6

「ミュコ、出番だ。


 い、行けるか?」


「お父さんよりは行けそうかな?」


 それでもまだまだ表情の固いニージャッド。

 それに比べてミュコはまだ子供なこともあって緊張も受け入れつつあった。


「じゃあさ……ご褒美、欲しいな」


「ご褒美?」


「うん、上手くいったら」


 モジモジと毛先を遊ばせて照れ臭そうにジから視線を外すミュコ。


「ああいいぞ。


 俺に叶えられることならなんでも言ってくれ」


「ありがとう……んじゃ、行ってくるね!」


「え、お願いは?」


「上手くいったら教えるから!」


 そう言ってミュコは舞台袖に向かう。

 ジにウインクして走り去っていく姿は少し前とは同じ子であるとはとても思えない。


「ジ商会長はどうしてそこまで良くしてくれるんですか?」


「こんなタイミングで聞きますか?」


 絶対今ではないだろう。

 でもなぜか疑問が口から飛び出してしまった。


「……テレンシア歌劇団に有名になってもらいたいんです。


 俺なんか踏み台にして、もっとずっと高く、この国で活動していなくても名声が届いてくるぐらいに」


「それでいいんですか?


 例えば、共に駆け上がるとか」


 ミュコがステージに出ていく。


「そう出来たら素晴らしいかもしれませんね。


 でも俺には芸術を後押しした経験もないし、きっとテレンシア歌劇団は俺の手が届かないぐらいに羽ばたけますよ」


「どうしてそこまで期待してくれるのですか?」


「どこまでも美しい月がそこにある。


 期待するなという方がおかしいでしょう」


 ミュコのシュレイムドールを守るが始まった。


「あなたは商人でしょう?


 月を手に入れたいとは思いませんか?」


「思いますよ。


 でも俺が手を伸ばして月を陰らせるぐらいなら俺は他に月に手を伸ばして陰らせようとする者を止めましょう。


 月が美しき月であることの方が俺にとっては大事なんです」


「…………ありがとうございます」


「こちらこそ感謝しています。


 が、まだ早いでしょう」


 公演は始まったばかり。

 少しの気も抜いていられない。


「指示を出す団長がいなくては大変ですよ」


「そうですね。


 では失礼いたします」


 ミュコの剣舞は佳境に差し掛かっている。

 こそっとステージを覗いて観客の顔を見ていれば分かる。


 目の肥えた貴族たちであってもミュコに釘付けになっている。

 この公演は成功だとジは自信を持って笑った。


 そしてジはタオルを持って舞台袖でミュコを出迎えた。

 完璧に踊り切ったミュコは笑顔でタオルを受け取った。


 ジの予想通り公演は王様を始めとしてスタンディングオベーションで幕を閉じることになった。

 あの劇団は何者なんだという声もあったがジが招待したものだと分かっているフェッツやウェルデンがジの方に行かないようにガードしてくれたりもしたのであった。


 ウソでも誇張でもなく王様絶賛と言える評価を得られたテレンシア歌劇団。

 この早すぎる出会いが未来においてどんな影響を及ぼすのか誰にも分からない。


 だけど美しき月をお守りくださいとジは思う。

 今度こそミュコが輝くことができるようシュレイムドールが見守ってくれますように。


 そう祈らずにはいられなかった。

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