美しき月になる5

 平民街での公演も大好評だった。

 あまりの好評ぶりに1公演増やそうかという話もあったがみんなの負担も考えてそれはやめておいた。


 見れなかった人がいる方が次の公演にも繋がる。

 少しプレミア感も出るってもんである。


 そして平民街での公演ではエも近くにいたのでちょっとご協力いただいた。

 劇団のみんなを治療してもらって疲労回復を図る。


 一般に疲れたからと神官に治療してもらうことはないけれど戦場なんかで余裕がある時は兵士の体力回復や疲労軽減のために魔法で治療することがある。

 お願いしてみたところミュコのためならとエも引き受けてくれたのだ。


 そして建国祭3日目。

 今日は劇団にとっても一大勝負の日である。


 公演は一回限り。

 何代か前の王様が作った王城敷地内にあるホールが舞台となって劇団で公演できることになっている。


 年に1度使われるか使われないかの場所であり流石にテレンシア歌劇団だけが独占で使うには疑問が大きすぎる。

 なのでテレンシア歌劇団は午前中にホールを使い、試運転的なことを兼ねていると名目上はなっている。


 そして午後にはこの国でも有名な大劇団が公演を披露するという形で批判を避けようとしている。

 それでも他国で活躍する名も知れぬ小規模劇団がなぜという疑問はあるだろうけど王様の決定に口を挟む人はいないのだ。


 そしてお客は全て招待客。

 チケット購入制ではなく王様やヘギウス、ゼレンティガムなどの貴族が近い関係の者に出した招待やアルファサスなどの宗教関係のお偉いさん、フェッツもギルドのトップなのでここで来ていたりもする。


 リンデランやウルシュナもここらへんの貴族枠で公演を観に来てくれている。

 そしてアユインも王様の横にいる。


 けれど薄いベールで顔は見えないように隠している。

 未だにアユインの正確な正体は隠されたままなのである。


 まあリンデランやウルシュナもバカじゃないので気づいているとは思うけど暗黙の了解で口にしない。

 ちなみにホールにはライナスもいる。


 観客ではなく王様の警護をしているロイヤルガードビクシムの弟子として警備の兵の1人として加わっている。

 まだ子供なのにそこに加えられるのだから師匠であるビクシムの偉大さたるやものすごい。


「はわわっ……」


 これまで数えきれないほど公演を数えきれないほどのお客様の前で繰り返してきた劇団員たちも緊張を隠しきれない。

 いっても領主クラス、もっと偉い人がいてもお忍びで来るぐらいで王城で王様を前にして公演することなど一流劇団でもまずないことだ。


「そ、そう緊張するな」


 ここに来てもトップバッターはミュコである。

 抑えきれない緊張とわずかな興奮にあわあわなっていて落ち着かない。


 そして緊張するなと言っているニージャッドだが表情こそ普通だけど顔が緊張のあまりに土色になっている。

 ずっと変わらないのにタイを直したりマトモなのは表情だけである。


 表情だってただ緊張で固まっているに過ぎないのだし。

 やはり貴族という大物相手というだけでなく、貴族はこうした演劇などに対して目が肥えているということも緊張を大きくする。


「みんな緊張してんねー」


 ジも激励のつもりでステージ裏にきたがガチガチの緊張感で空気が張り詰めている。


「ジジジ、ジ君!」


 ミュコなんか泣きそうになっている。


「どどどどーしよ!


 手が震えるよぅ!」


 よく見るとミュコの手が震えている。

 トップバッターであるという緊張がどうやっても収まらない。


「大丈夫だ」


 ジはそんなミュコの手を取ってやる。

 緊張で冷たくなっている手を包み込むようにして温めてやる。


 顔を赤くする余裕すらないミュコ。

 ジは真っ直ぐにミュコの目を見て微笑みかける。


「俺はミュコやみんながこれまでどれだけ頑張ってきたかを知っている。


 だから失敗なんてしないさ」


 ゆっくりと手を温めてやるとミュコの少し浅くなっていた呼吸も落ち着いてくる。


「それに失敗したからなんだっていうんだ。

 

 たとえ失敗したって死にはしない。

 失敗したっていいんだよ。


 生きてる限りは次があるんだ」


「ジ君……」


「なんなら失敗してくれ。


 そしたらまた俺がみんなを呼ぶからさ。


 もう一回俺が王様も呼んでやるからさ」


 結構不敬なことを言う。

 でもそんなジの心遣いが嬉しい。


 周りにいたみんなも耳をそばだててジの言葉を聞いていた。

 失敗しないようにと誰もが思う。


 劇団を呼んで名声を高めようとしている雇い主のジなら誰よりも失敗しないことを望んでいるはずだ。

 なのにジは笑って失敗してもいいと言う。


 失敗したって死にはしない。

 失敗したっていい。


 一世一代の大舞台。

 ジだって失敗すれば王様の前で恥をかくことになる。


 なのにそんな風に言ってくれる。

 様々な思いがあれど、1つ共通した思いが生まれた。


 ジのために。

 優しい雇い主の優しい期待に沿えるためにとみんなが思った。


「うん……」


 いつの間にか手に温かみは戻り、震えは止まった。


「でも私は失敗しないよ」


 今度はミュコがギュッとジの手を取る。


「ジ君に教えてもらった剣舞だもん。


 そしてお母さんの剣舞。


 見てて。

 ぜっーたいに成功させてみせるから!」


 いつもの強い意思を宿した目に戻るミュコ。

 1人でいい。


 明るく、いつもの雰囲気に戻ればみんなの雰囲気も柔らかくなっていく。


「やる!


 王様が感動で泣いちゃうぐらい完璧な剣舞見せてやるんだから!」


 やる気を見せるミュコ。

 油断はできないがそれでも異常なまでの固さは取れた。

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