美しき月になる4

「すごい人気だな」


「俺も意外だよ。


 こんなに人集まるなんて思ってもなかったよ」


 事前販売ではとりあえず売れてたし後は当日そこそこ入って8割でも埋まればこの国での公演は成功だろうと考えていた。

 なのに今はもう午後分の当日券を売ってくれなんて声が聞こえてきている。


「ここがVIP席だ」


「わっ、いいとこ」


 VIP席は2階部分で1席1席が離れていてゆとりがある。

 椅子もちょっと良いものだ。


 本来なら子供が来るような場所じゃないけど午前の部のVIP席の裁量は全てジに任されている。

 こちらに空席はあるけどエやライナスを不愉快にさせるような一般客の出入りはない。


「こんな良い席用意してくれてありがとうな、ジ」


「あ、オランゼさん、もう来てらしたんですか」


 VIP席に来るとすでに来ている人がいた。

 それはオランゼ。


 ある日朝のゴミ掃除を終えて報告にオランゼの所に行ったら是非ともチケットを買いたいと言われた。

 どこから聞きつけたのか知らないけれどもちろんオランゼなら歓迎。


 割引きするつもりだったのにちゃんとVIP席の料金を出してくれてメドとの2人分を買って来てくれていたのだ。


「ご来場ありがとうございます」


「噂は聞いていたからな。


 少しばかり宣伝してみたが……思いの外広がり過ぎてしまったようだ」


「えっ、オランゼさんが?」


「普段お世話になっているお礼さ」


 パチリとウインクしてみせるオランゼ。

 未来の情報王とも言えるオランゼはもうすでにいくらか情報の扱いを始めていた。


 ジが劇団を呼んで公演しようとしていることもその中で知ったことである。

 さらにはちょっとばかりジの公演についても話を広めて後押ししてくれていたのである。


 噂は噂を呼び、意外な盛況ぶりになってしまったのはオランゼのおかげなのであった。


「……いつもありがとうございます」


「まさかここまで人が集まるとはな。


 済まないことをした」


「いえいえいえ!


 とてもありがたいですよ!」


 ただチケットを買ってくれるだけでもありがたいのにひっそりと宣伝までしてくれた。

 忙しいのも花である。


 嬉しくないはずがない。

 恩返ししたくて関わりを持ったのに結局お世話になってしまう。


「感謝してますよ」


「こちらこそだ。


 ……なんだ?」


 チラリとメドを見てジが顔を寄せてきた。

 オランゼも顔を寄せて来てくれたので手を口元に近づけてこっそりとオランゼに耳打ちする。


「メドさんとも上手くいくと良いですね」


「なっ!」


 オランゼの顔が赤くなる。

 一緒に働いているオランゼとメド。


 実はメドはオランゼが下働きをしていた商会の関係者の娘さんでオランゼが独立するときについてきてくれた。

 過去で最終的にはオランゼとメドは結ばれていたのだけどそれはオランゼが軌道に乗って余裕ができてからの話だった。


 今では過去よりもオランゼの事業が進むペースは早い。

 なら早めにオランゼにも幸せになってもらいとジは思っていた。


「子供がいい度胸しているじゃないかぁ?」


「あははっ!


 メドさーん!


 オランゼさんが……」


「ヤメロ!」


「何ですか、いきなり?」


 メドも最初はジのことを詐欺師扱いしていたけれどジの能力のおかげで余裕はできたし、貴族街での仕事も増えた。

 貴族街での仕事を任されると信頼も増してさらに仕事の範囲が大きくなる。


 オランゼもポソリとあんな子供なら欲しいと言ったりとマインドに変化を生じさせてくれたことも実は感謝している。


「くそ、手伝いなんてしてやらねばよかった」


「そんなこと言わないでくださいよ。


 是非とも公演を楽しんでくださいね」


「ふん、口ばかり達者になっていくな」


「良い商人の下にいたら当然ですよ」


「よく言うよ……」


 なんだかんだとオランゼはジに弱い。

 分かりやすいおべっかにもオランゼの口角がわずかに上がる。


 オランゼの他にもクトゥワとキーケックの親子やタとケの食堂のおばちゃんとかちょっとした知り合いがVIP席にいる。

 あとはファフナもどうせ他にお金は使うことないからとVIP料金を払って観に来てくれていた。


 タとケの分まで払って2人を連れてきていた。

 貧民街の時は最初のご挨拶をしたのでミュコの剣舞を見ていないのでそれをメインに2人も観に来ている。


 ヒスが親を呼んでいたりメリッサもエムラスを呼んでいた。

 そうしてVIP席もそれなりに人で埋まって平民劇場での公演が開始された。


 ここでも先に出てくるのはミュコだ。

 段々とミュコが高く、遠く昇っていく。


 人に知られ、人が感動し、ミュコは美しき月となる。


 手が届かなくてもいいんだ。

 そこにあってくれればいい。


 今ステージで剣舞を踊るミュコはミュコでありながら過去のミュコとは違うのだ。

 途中までは同じ人生を歩んでいても、ジが関わったことによりまた異なった人生を歩み始めた。


 人が魅了されていく。


「でも勝負は明日だなぁ」


 スタンディングオベーション。

 惜しみない拍手がミュコに降り注ぐ。


 そういえば過去にテレンシア歌劇団を呼ぶことに成功してジをこき使ってくれていた商会は結局その後に潰れてしまう。

 何でだっただろうかと思い出そうとしてみるけれどクビになった後のことだしよく思い出せない。


 こんな素晴らしい劇団を呼べたら名声は高まり、もっと商会として飛躍できそうなものなのにと思った。


「……ミュコたちが凄すぎて商会の存在が霞んじゃったかな?」


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