美しき月になる3

 続いての演目は何人かが出てきて笛を演奏しながら面白おかしく踊っていく。

 みんなも一緒に手拍子をしながらアクロバット的な動きだったりひょうきんな動きだったりとミュコとは違った楽しみを提供する。


 もう会場に満ちていた緊張感はない。

 音と踊りを楽しむことができるようになった。


「行ってやりな」


「大婆……」


「どんな関係かは知らないが親しくはあるんだろ?


 行って、褒めてやるといいさ。


 褒められると誰でも嬉しいもんだからね」


 しわくちゃな顔をさらにしわくちゃにして笑う大婆。


「ありがとう、大婆」


「ひひっ、わたしゃまだ楽しむから早く行きなさい」


「はい」


 ジは席を立ってみんなの邪魔にならないように体勢を低くしてステージ裏に向かう。


「ミュコ!」


「ジ!」


 裏には人が入らないようにリアーネだけじゃなくて何人か冒険者を雇っている。

 けれど当然ジは子供で雇い主という抜群の知名度で顔パスで通る。


 ステージ裏ではみんなが慌ただしく動いている。

 劇団員は自分の出演するもの以外にも様々なやらなきゃならないことがある。


 ミュコは邪魔にならないところで大きなタオルで滝のように流れる汗を拭いていた。

 劇団員のみんなが通り過ぎがてらにミュコに声をかけて褒めていた。


 未だに余韻抜けきらないようでミュコはボーッと虚空を見つめて壁に寄りかかる。

 そこにジが声をかけた。


 みんなの声には生返事だったミュコはパッと我に帰ってキョロキョロとジを探した。

 そしてジを見つけると嬉しそうに駆け寄って首に手を回して抱きついた。


「ねえ、上手く踊れたかな?」


「完璧だったよ。


 凄く……綺麗だった」


「えへへ……ありがとう、先生!」


 照れ臭そうに笑うミュコ。

 剣舞を教えてくれたのだからジは言うなれば先生である。


 抱きつかれて思ったのは過去ではジはとても貧弱に育ってきたのでミュコと同じぐらいだったのに、この人生では今はジの方が大きい。


「こんなに出来る生徒を持って嬉しいよ」


 ミュコの頭を撫でてやる。


「ん……へへ」


 ジの胸に頭を埋めるように下げて撫でを受け入れる。

 出会った時にはツンケンとしていたのに随分懐かれたものだ。


「あっ……!」


「ん、どうした?」


 ボッとミュコの顔が赤くなる。


「な、何でもない!」


 突然ジから離れてタオルを手に取って顔を隠す。

 嬉しさが上回って忘れていたけれど今のミュコは汗だくである。


 人に抱きつくなんてもってのほかの状態。

 自分は汗臭くないだろうかとか嬉しさが消していた考えが少しだけ冷静になった瞬間に頭の中を駆け巡った。


 喜び方だってこんなつもりじゃなかった。

 男の子に抱きつくように飛びついて、なんてするつもりなかったのに。


 ジを見た瞬間嬉しくなって自分を抑えきれなかった。

 この思いが何なのか友達もいなかったミュコには分からない。


 その対処の仕方も胸の高鳴りが収まるまでただジから顔を逸らすことしか出来ない。


「……!」


「ほら、早く拭かないと風邪ひいちゃうぞ」


 ジは横に置いてあったタオルを手に取るとミュコの濡れた髪を拭いてやる。

 汗が冷え始めたら体も冷えるのが早い。


 それなりに気温は暖かいが汗だくのまま放っておけば体調を崩してしまうかもしれない。

 タオルで挟むようにして髪の水分を取っていく。


「そ、その、汗、嫌じゃ……ない?」


「んん?


 嫌なもんか。

 あんなに集中して、動いて、こんなに綺麗な汗は他にないだろ」


「そう……」


 首筋まで真っ赤になっているミュコ。

 しかしこのニブチン男はステージの興奮が残っているのだな、なんて思っていたのであった。


 ーーーーー


 貧民街における公演はその日の午後も行われたがどちらも大盛況の大成功。

 ミュコやソリャンの名前は大きく貧民の中で広まり、ジのところに見にこようとする人が殺到して急遽冒険者を夜も雇って警備してもらうことになった。


 建国祭は3日に及ぶお祭りであり貧民街での無料公演は初日だけの特別なものである。

 2日目は平民街にある劇場を貸し切っての公演。


 早めに押さえたので良い劇場を使うことができる。


「チケットこちらでーす」


 劇場側でも人を貸し出してくれるけどジやメリッサなんかも手伝って劇場への人の入場を手伝う。

 チケットは半分が事前販売。


 売れるかどうか心配であったけれど意外と買ってくれる人もいて事前販売分は完売していた。

 残りの半分は当日券。


 なんでこんなに盛況なのか知らないが空席は出来なさそうで安心はした。

 目が回りそうな忙しさの中で劇場は人で埋まっていく。


「係員さーん、こっちもお願いします」


「はーい……って来てくれたのか」


「そりゃチケット買ったんだから来るに決まってるだろ」


 声をかけられ後ろを向くとライナスとエがいた。

 2人は貧民街での公演に来ないでわざわざチケットを買ってくれたのだ。


「2人はVIP席だからな、案内するよ」


 しかしただのチケットではない。

 ジの職権乱用によって2人には普通のチケットの値段でVIPチケットを売っていた。


 ちょっと休憩もしたいしちょうど良いと2人を連れてVIP席に向かう。

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