美しき月になる2
「さて、我々に期待してくれる不思議で心優しい商会長殿の期待に応えるとしよう」
劇団員の何人かはジの正体に疑いを持っている。
疑いというか疑問のようなもので子供だてらに商会を持ち、細やかな気遣いを見せている。
気遣いそのものは周りの助言かと思ったが聞いたところこちらからの要望だけでなくジの指示であることも多かったのだ。
だからあの子は何者なのかと劇団員からも質問が上がってきていた。
機微に聡すぎるのでニージャッドも実はジが表向きの商会長で後ろに誰かいるのではと思ったりもした。
でもジが何者でもいいのだ。
思えばわざわざジは食料を持って危険を冒して運んできてくれた。
リアーネもジにとっては大事な人材でもあるのにずっと劇団に付けてくれもした。
裏に誰かいようとジが自分で動き、とても心を砕いてくれていることは間違いがない。
「ミュコ、行けるか?」
「もちろん。
ジ君に恩返ししたいのは私もだから!」
例え後ろに誰か居ようとジ本人の優しさを疑ってはいけない。
「そうだな。
見せてやるといい」
後1番大きな理由がミュコだ。
劇団の中でもみんなのアイドル的なミュコ。
よく笑うようになり、より一層の努力をしている。
ミュコを笑顔にしてくれたジが悪人なはずはない。
ニージャッドはみんなを集めて真っ直ぐにただジを信じると言った。
劇団員はニージャッドが信じるジを信じた。
ここまで劇団を引っ張って来てくれたニージャッドが信じるならジを信じて、その期待に応えよう。
みんなで円陣を組む。
「我々の目的は1つ。
お客様を楽しませることだ。
音楽、歌、踊り……我々の持ちうる力を発揮してみんなを楽しませよう!」
「おー!」
ーーーーー
「パンパカパーン!」
「みなさんようこそいらっしゃいましたー!」
スペシャルサンクス、タとケ。
貧民街の人はこう言ったものを見ることに慣れていない。
そんなに肩肘張って見るものじゃないけれど見るものの緊張というものが少なからずあって、会場の雰囲気はやや固い。
そこで貧民街のアイドルであるタとケにお手伝いいただくことにした。
ニコニコと緊張した様子もなくステージ上に現れたタとケ。
よく知らなくてもなんとなく見たことのある顔に少しみんなの雰囲気がホッとする。
「これから出てくるのはねーみんなすごいんだよ!」
「うん、私たちもすごく憧れちゃう!」
キャッキャと短くいつものように会話をするタとケにホッコリする。
「えーとなんだっけ……」
「えーと?」
「あっ、コホン……ミュコお姉ちゃんによる剣舞……」
「シュレイムドールを守る、です!」
「じゃあみんな楽しんでねー!」
タとケが大きく手を振り、拍手が起こる。
やはり2人を先に出してみてよかったとジは思う。
実はこれもまたジのアイデアだった。
過去では特に貧民向けに公演はしなかったのだけど旅芸人が腕試しがてらに貧民街でちょっとした芸を披露することがあったりはした。
そうした時に貧民街の人が軽く後押ししたりするだけで客受けが違うことがある。
見る方も気軽に見れる雰囲気づくりというものが大切なことをその時に学んだのである。
手を振りながらステージから下がるタとケと入れ替わりでミュコがステージに上がる。
ミュコは一度グルリと客席を見回すと深く頭を下げた。
ジは前側中央に設けられた一段高くなった席にいた。
そこはジが招待したかった大婆のために設けられた席であり、イスではなく地面に座るように座れる囲われた場所になっていた。
そこに1人じゃ寂しいからこっち来なとなぜかジも呼びつけられた。
客席を見回したミュコと目があった気がする。
目立つ位置にいるし見つけることは難しくない。
ミュコは一度長めに瞬きをすると剣を持った左手を持ち上げて右手で柄を掴んで剣を抜く。
2歩前に出て鞘を床に置いてクルリと体を反転させて元の位置に戻る。
みんなの視線がミュコの背中に集まる。
なぜかジもとても緊張してきた。
前を向いたミュコが剣を真っ直ぐに上に持ち上げ、半円を描くようにゆっくりと下に下ろす。
音楽が鳴り始めた。
「いいぞ……」
ジも見たかったミュコのシュレイムドールを守る。
いかついおやじも、芸術なんて知らないおばさんも、落ち着きのない子供も全員がステージの上で舞うミュコに目を奪われた。
スーッとジの頬に涙が流れた。
やはりこの剣舞はミュコが踊っているのが1番良い。
焦らず1つ1つ丁寧にミュコは難しいところをクリアしていく。
「お前さんの呼んだところだから期待はしていたが、これほどとはねぇ。
死ぬ前にいいものを見れたよ」
ミュコの剣舞が終わり、会場は余韻に包まれて静まり返った。
真っ先に拍手をし始めたのはジ。
立ち上がって惜しむことなく拍手を送りミュコと目があった。
それに続いて会場に見にきていたみんなもマネをして立ち上がって拍手を送る。
ミュコ自身も一曲ミスなく踊り切った達成感にぼんやりとしていたがすぐに我に帰ってぺこぺことお辞儀する。
鳴り止まぬ拍手を受けながら照れ臭そうにミュコはステージから下がる。
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