美しき月になる1

 建国祭の開催は誰にでも分かるようになっている。

 何回か聞いた声が聞こえてくる。


 王様による建国祭の開催宣言である。

 町中に配置した魔法使いたちが魔法で声を増幅し、町の隅々にまで声を届ける。


 どこからともなく聞こえてくる声にみんな空を見上げる。


 なんか色々言っていた王様の声が止まり、城の方で大きな火の玉が打ち上がる。

 いくつも打ち上がった火の玉は空中で弾け飛び色とりどりの炎を広げた。


 破裂音と不思議な火炎の爆発にみんなが見入る。


「……建国祭の開催を宣言する!」


 こうして建国祭が始まった。

 町中はお祭りの屋台やらで賑わうが貧民はお金もないのでそんなことは関係ない。


 昔から貧民にとってのこうしたお祭りのメインは手伝いによる小遣い稼ぎかおこぼれのご飯とかそんな感じである。

 ただジはお金を持っている貧民なのでお祭りを楽しむことも出来るけれどやらなきゃいけないことがある。


 まず歌劇団の公演は貧民街から始める。

 無料で観れて、しかもちょっとお得に柑橘類の果物をつけてほんのりと香りのする水まで配るサービス付きだ。


 貧民街になど目を向けない人も多い。

 だけど貧民街の人は娯楽が少ないのでこうした催し物が好きで、しかも娯楽の少なさからおしゃべりも好きなのだ。


 出どころがわからない噂を辿っていくと貧民街がその発生源だったりもする。

 例え今利益にならなくても良い噂が広がればそれだけで将来の利益になる。


 あとは貧民街の人は安い酒を飲んだりしに行く都合で冒険者とも接することが多い。

 冒険者に噂が広まれば他の国にも話が広まる可能性が大いに高くなるって寸法である。


 ついでにジの名声も高まる。

 貧民街だと馬車を買う人なんていないから利益は将来に渡ってもほとんどでない赤字だけどそもそも利益を求めるだけならとっくに貧民街を出ている。


 ここで公演をやる1番の意味はやはり恩返しだろう。

 貧民街と聞いただけで嫌な顔をする人がいる。


 確かに犯罪者の溜まり場のようになっているところもあるし中には近づきたくもないような人もいる。

 でもジは貧民街で生きてきた。


 どんな人でも、例え生きる目標がなくても受け入れてくれるこの場所でジは生かされてきたのだ。


「それではみなさんよろしくお願いします」


 平民街に近い大きな広場。

 費用や時間の都合で簡易的に設けられたステージの裏で歌劇団のみんなとジが集まっていた。


 一応主催者であるジが激励する。

 練習を見ていれば例え貧民街でやるとしても手を抜くことはないと分かっているので余計なことは言わない。


「ここまで紆余曲折はありましたが練習風景を見ていて思いました。


 みなさんを呼んで間違っていなかったと。


 公演が終わった後も、思わせてください。

 俺の判断は正しかったと」


 ある種プレッシャーのかかる言葉。

 単なる応援ではなく期待と高いハードルをジはあえて提示した。


「お任せください。


 ご期待に添えてみせましょう」


 ニージャッドは自信たっぷりに笑ってみせる。

 不安や緊張がないわけではない。


 だがジは雇い主としてこれまでの中でトップクラスにいい雇い主だ。

 希望や要望を先回りして不自由なく過ごせるようにしてくれた。


 過去に劇団のお世話係をしていた経験が生きた形であるがニージャッドはジが最大限のパフォーマンスを引き出せるように心を砕いてくれていると感謝している。

 最後にミュコに視線を向ける。


 着飾ってメイクを施されたミュコはジを見て微笑んでいる。

 ミュコはこれまでにないほど早くステージに上がりたい気分になっていた。


 シュレイムドールを守るをミュコは必死に練習した。

 元々大きな部分は再現できていた。


 つまりほとんどの部分は踊れていたので細かな難しい部分が出来ればあとは大きなところを細かな難しいところで繋いでいくような感じであった。

 練習時間はまだ足りていないはずだけどミュコはどうしてもシュレイムドールを守るを踊りたかった。


 なので多少失敗してもやり直しがきいて許される1番目にミュコの出番となった。

 上手くいけば非常に勢いづく。


「ミュコ」


「うん」


「期待してるぞ」


「うん、見てて。


 あなたに1番に見てもらいたいから……」


 ジとミュコの間に流れる不思議な空気をみんな温かい目で見ている。


「それじゃそろそろ」


「見ててね!」


「分かってるよ」


 ここからは劇団の時間。

 ジがそこらにいては邪魔になるので客席の方に向かった。


「剣舞を教えてくれたのは彼なんだろ?」


「えっ……ええと」


「いいさ、言わなくても」


 ニージャッドはミュコに近づいてそっと肩を抱く。

 緊張しているようならそれを解してやろうと思ったけれどそんなこともなさそうだ。


 ジに剣舞を教えてもらったことは秘密にしなきゃいけない。

 だから言い淀むミュコにニージャッドは笑いかける。


 言わずとももう分かっている。

 剣舞を教えるのに遠くに行ったわけでもないので誰かしらの目に止まってしまうことは避けられない。


 それにジとミュコが同時にいなくなるのだから目撃していなくたって予想がついてしまう。

 でもミュコが言いたがらないのなら理由があるのだろうと何も聞かない。

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