君は希望、そして絶望5
いつか迎えに来る。
そのことを胸にジは日々剣舞を練習した。
体力や踊るための筋力を付けるために走り込んだりもした。
基本的にテレンシア歌劇団は南の方の国で活動しているのでジの国まで来ることはなく、その噂ですら耳に届くのは稀だった。
それでも着実にテレンシア歌劇団は名声を上げていっていて時々は話を耳にするようにもなっていっていた。
ジは誇らしかった。
いつか自分もそんなテレンシア歌劇団の一員となるんだと日々を生きていた。
ミュコとの約束が毎日を生きる活力になっていたのだ。
「えっ……」
「おいっ!
それ商品が入った箱だぞ!
何落としてんだ!」
「い、今なんて……」
「あっ?
商品落とすなっつって……」
「その前です!」
「その前だぁ?
……あー、なんの話してたっけか?」
その日は商会に運ばれてきた商品を奥に運び込んでいたジ。
ふと聞こえてきた会話に思わず手に持っていた商品の箱を落としてしまった。
普段なら1発ぶん殴られるぐらいのミスだけどジの方から怖い目をして近づいてきたので件のクソ野郎も少し押され気味になる。
いつもはどんなことを言おうとも気にすることもないのに何がそんなに気になるのか不思議に思う。
「あれだよ、だいぶ前に呼んだ劇団……なんだっけか?」
「ああ!
あれね」
「えっとその劇団が無くなった話してたんだよ」
「そうだそうだ。
劇団長の娘の踊り子が死んで劇団は空中分解……美人だったし残念だなって」
「ウソだ!」
商会が過去に呼んだ劇団は1つだけ。
劇団長の娘の踊り子となるとそれは1人しかいない。
動揺してクソ野郎の胸ぐらに掴みかかるジ。
最近鍛えているジの力は思いの外強い。
「放せ、この野郎!」
ただ体格差もある。
服を掴まれて雑に投げ捨てられる。
「チッ……なんなんだよ。
…………そうか、アレか?」
怒りの表情を浮かべていたクソ野郎だったがジがいきなり掴みかかってきた理由を考えてニヤリと笑った。
「お前、あの踊り子に惚れてたんだろ?
見張りの仕事にかこつけて眺めてたら好きになっちまったんだな」
床に叩きつけられた痛みのせいじゃない。
視界が歪んでボヤけてクソ野郎の言葉が頭の中で反響したように何度も繰り返される。
「残念だったな!
お前が好きになった女は……」
「うわああああっ!」
そのあとどうなったのかジ本人はよく覚えていない。
クソ野郎の言葉の先を聞きたくなくて殴りかかった。
ただクソ野郎は学んだだろう。
普段から見下している相手でも本気で怒らせると怖いということを。
ジはその暴力事件が元で商会をクビになった。
しばらくは茫然自失としていたジであったがふと我にかえって動き始めた。
話の真偽を確かめる。
酒場に通って人の噂に耳を傾ける。
くだらない話が飛び交う中で歌劇団の話が出ないか注意深く聞き分ける。
歌劇団の話は中々出なかった。
安い酒で長時間粘り何日も酒場に通った。
他に話を聞けそうな場所もジには思いつかなかったので仕方ない。
「……バカな貴族もいたもんだな」
「あのすいません」
「んん?
なんだ?」
「ちょっと今の話聞かせてもらえませんか?」
「今の話を……?」
「店員さんこちらの方々にお酒を」
何日通ったか。
ふと聞こえた冒険者風の男たちの会話。
全てが聞こえていたわけじゃないので全貌は分からないが何かが引っかかった。
話を聞き出すためにお酒を奢る。
「おっ、悪いな」
「それで今話してたことなんですが……」
安いビールがテーブルに運ばれてくる。
何なのか知らないが酒を奢ってくれると言うなら喜んで話す。
冒険者たちは少し前にしていた話をなんてことはないようにジにもう一度話してくれた。
「てなことでその貴族は処罰されて……おい、大丈夫か?」
ジの顔が真っ青になっていることに気づいた。
青どころか血の気が引いて色がなくなったようになっている。
手が震え目がうつろになっている。
「す、すいません。
お酒が回ってしまったようです」
冒険者たちの心配をよそにジはふらふらとその場を後にした。
目の前が真っ暗になったようで、まるで死人が歩いているかのようにジは路地裏に入った。
壁に手をつき、胃の中のものを全てぶちまける。
「う……うぅ…………」
吐くものがなくなると今度は涙が出てくる。
「ミュコ……どうして」
ミュコは死んでいた。
事故や魔物に襲われたとかそんなことではない。
ミュコは、自ら命を絶っていた。
「ああああああっ!」
何度も何度も壁を殴りつける。
拳がボロボロになって血が滴っても痛みを感じない。
有名になり始めたテレンシア歌劇団。
劇場を渡り歩くだけでなく貴族に呼ばれて公演することも増えていた。
ミュコはジと会った時よりも成長して綺麗になっていた。
そんな中である国を巡っていた。
大きめの劇場から予定が空いてるから公演しないかと連絡を受けてそこで公演することにした。
テレンシア歌劇団の公演は好評を博していた。
時として熱狂的なファンを抱えることもあったミュコ。
たまたまミュコに惚れ込んで熱狂的なファンとなった者の中にその国の貴族子息がいた。
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