君は希望、そして絶望4

 シュレイムドールを守るのではなく、ミュコ自身が女神になったような、そんな錯覚に陥る。


「わっ、とっ、はっ!」


 完璧に見えていたミュコの舞に乱れが生じる。

 バランスを崩してひょこひょこと変なステップを踏んで倒れそうになる。


「危ない!」


 足を踏み出してバランスを取ろうとしたけど勢いがつきすぎて耐えきれない。

 とっさにジが動いた。


 一瞬のせめぎ合い。

 支えなきゃ倒れてしまう。


 女性、しかも大事なお客さまの体に触れてはいけない。

 相反する思考がジの動きを鈍らせる。


「わっ!」


「うっ!」


 中途半端に駆け寄ってしまった結果ジとミュコがぶつかった。

 ケガはさせられない。


 瞬間にそれだけは思った。

 ごめんなさいとミュコの体に手を回して自分が下になって倒れる。


「ぐえっ!」


 女の子でも人1人の重さは軽くない。

 地面とミュコに胸を挟まれて強く叩きつけられる。


 鈍い痛みに目の前がチカチカして顔を歪めるジ。


「いてて……」


「あっ……」


「あっ……」


 少し痛みが治まって、ミュコは無事だっただろうかと目を開けた。

 するとそこには真っ赤になったミュコの顔があった。


 自分の体勢を確認する。

 ケガをさせちゃいけないことを優先した。


 身をていしてミュコを守った結果ジは今ミュコを抱きしめながら地面に転がっている形になっていた。

 吐息がかかるほどの距離にミュコの顔がある。


 ジの顔もボッと真っ赤になって頭の中でどうすべきなのか考えがグルグルと巡り出す。


「ご、ごめんなさい!」


 ミュコが上である以上ジに出来ることは抱きしめた手を離して上げておくことしかできない。


「ミュ、ミュコ……?」


 早く退けてくれないとジにはどうしようもないのにミュコはなぜなのか顔を赤くしたままジの上から退けない。

 心臓が耳の横にあるかのように聞こえるほど鼓動が強く高鳴る。


 剣舞の最中は艶やかな美しさがあった。

 けれど今月明かりを背に浴びるミュコは年相応の女の子の美しさがある。


「……私が今踊っていたシュレイムドールを守るっていう剣舞は実は1人で踊る曲じゃないんだ」


 一瞬言いかけた言葉を飲み込んで誤魔化すようにミュコが口を開いた。


「そ、そうなんですか……」


「本当は誰か男の子が一緒に踊ってくれるといいんだけど」


 ミュコの目がジの目を真っ直ぐに見下ろす。

 何が言いたいのか鈍いジでもすぐに分かった。


「お、俺じゃ……」


 この時が人生で1番勇気を出した時だったと思う。


「俺じゃ……ダメか?」


 ーーーーー


 時間はない。

 建国祭まであと少しで劇団の練習も本格的に始まるのでミュコの方にも余裕が無くなる。


 細かくジに教えている暇もない。

 見て覚えてほしいと夜にミュコがシュレイムドールを守るを踊り、ジはそれを目に焼き付けた。


 目を瞑ればそこでミュコが踊っている。

 隙を見つけてはジは練習した。


 しかしミュコの舞も完璧ではなく素人のジが簡単に踊れるはずもなく時間は経ち、建国祭を迎えてテレンシア歌劇団の公演は成功を収めた。

 終わってからも劇団はまだ少しの間離れなかった。


 けれどミュコはおらず公演は終わったのでジも見張りの仕事は外されてまたキツい仕事の日々を送っていた。


「行くのか?」


「うん。


 次の仕事があるからね」


 ある日ジはミュコに呼び出された。

 何かの用事があったらしく留まっていた劇団にも次の公演依頼があるので出発することになった。


 ジは必死で練習したけどシュレイムドールを守るの習得には至らなかった。

 ミュコとしても悩んだ。


 ジを引き抜いて連れて行くべきか、父親に話すかどうか迷っていた。

 ただその時の劇団には人が増えたばかりでさらに人を増やす余裕がなかった。


 ジの剣舞も未熟で人前で見せられるクオリティにはない。

 だからジは連れて行かないことにした。


「いつかまたここに来るから。


 その時に……」


「その時までに踊れるようになっておくよ」


 申し訳なさそうな顔をするミュコにジは微笑みかける。

 これまで灰色で面白みもなかった人生に色が戻ってきた。


 剣舞を踊れるようになるという強い目標もできた。


「シュレイムドールを守る、完成したんだ」


「本当か?


 それは良かった!」


「もう教えてあげられる時間もないから……覚えて」


 ミュコは剣を手に取る。


「そして忘れないで。


 私を、私の剣舞を。


 いつか迎えに来るから」


 ミュコはシュレイムドールを守るを舞う。

 目に焼き付けた部分を過ぎて、あの夜バランスを崩したために抱き合うことになったところに差し掛かる。


「相変わらず、君は美しい……」


 どれだけ目に焼き付けようとも本人の舞には敵わない。

 何があろうと忘れない。


 瞬きも忘れてミュコの姿を強く強く記憶に残そうと努力する。

 

「忘れないで……


 あなたはクズでもノロマでもない。


 きっと素敵な踊り手になる」


 生きる希望。

 死にたくなくて生きていたような人生が何かの目標のために生きるものに変わった。


 目立ち過ぎたくないので普段の生活はほとんど変わらないが商会のクソ野郎の嫌味もあまり気にならないくらいには気分は前向きになっていた。


 ーーーーー

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