過去の君が教えてくれたのさ1
「聞いてないぞぉぉ!」
「なんだよ!」
目を血走らせたミュコが走ってきてジの襟を掴む。
パロモリ液の採取をしている最中だったのでヒスのミュシュタルやファフナの魔獣であるコロップが驚いている。
「なななな、なに?」
「か、会長を放してください!」
手伝ってくれていたキーケックとヒスもびっくりしている。
「落ち着け、何かあったか?」
「何かあったか?
じゃないでしょうが!
聞いてないわよ!」
流石に近い年の女の子に持ち上げられるほどの細さもない。
前後にガクガクと揺らされるけど抵抗すればそれも止められるぐらいにはジも少しはたくましくなっていた。
「何の話か分からん。
ちゃんと言ってくれ」
「王城でやるなんてこと私は聞いてないよ!」
「ああ、その話ね」
「なんで、そんなに、冷静、なのよ!」
「はっはっ!
そりゃ俺が王様に頼んだからね!」
「ハァッ?」
ジの計画していた劇団の公演スケジュールは大きく分けて3つである。
貧民街における無料公演、平民街における低額公演、そして貴族街における高額公演である。
メインは貧民街における無料公演であってみんなに楽しんでもらえることが目的だ。
あとは他の劇団などの公演との兼ね合いなんかがあるので数回公演できれば良いなと考えていた。
ちゃんとそのことは話していてそう言った公演をすることは了承を得ていた。
平民街の方まではフィオス商会で用意することは問題はなく、貴族街の方はフェッツに協力いただいて調整中だった。
だが先日王様に会って何かご褒美がもらえることになった。
ここでジは閃いたのだ。
どうせならこの歌劇団に最も輝く場所で公演をしてもらおうと。
あまり有名になるとジの届かないところに行ってしまう可能性もある。
でもそれはそれで良いのだ。
ミュコももちろん貴族の前で公演をやることは聞いていた。
むしろ貴族は変なヤジを飛ばしてくるようなことはないから気楽に考えていたのだけど突然王城のダンスホールにステージを設けて1公演だけ演じるなんて言われて目玉が飛び出るほど驚いた。
貴族の前で公演すると言ってもどちらかと言えば平民に近いような貴族で時々位の高い人がいればすごいだろうと思っていた。
なのに突然1公演だけ王様の前でやることになるなんて寝耳に水な話である。
何でそんなことになったのかニージャッドにも分からない。
だけどもう王様の許可も出ているのでこちらが断ることはできない。
朝ご飯も喉を通らずフワフワとした気持ちで過ごしていたが正気に戻ってジに問い質しにやってきた。
「王様に頼んだって……」
「文字通り王様に直接お願いしたんだよ」
「んなウソ信じるかぁ!」
どこの世界に貧民の子供がやろうとしている公演に王城を開く王様がいるのか。
純度100%の本当の話なのであるがぶっ飛びすぎていてとても信じられない。
「まあ俺の話がウソだろうが何だろうが王城で一回公演できることは確かだよ」
「うえぇぇ〜!」
「嫌なのか?」
「嫌ってか……すごい緊張すんじゃん!
それにアレだってまだ完成してないし……」
「そんなに難しく考える必要はないさ」
ジは襟を掴む手を優しく取って握る。
「ミュコの舞は王様の前で披露したって良いぐらいのものだよ。
自信を持って」
「うっ……」
心の底からそう思っている。
真っ直ぐに目を見て言い切られてボッと一気にミュコの顔が赤くなる。
「えいっ!」
「いだっ!」
ゴンと鈍い音がした。
目の前に星が散るような衝撃にジの顔が一瞬かなり近づいてきてミュコはキュッと唇を結んだ。
「くぅ〜なんだよ!」
痛みに頭をさすりながら振り向くとそこにはエがいた。
ちょっと不機嫌そうな冷たい目をしてジを見ている。
先ほどの衝撃は持っている魔法補助のための杖で頭をぶん殴られたからである。
結構でかい杖なので手加減したとしてもかなり痛い。
「あんたがまた女の子をすけこまそうとしてるからよ」
「す、すけ!?」
何か聞いたことない言葉だけど良くなさそうな意味なのは分かるぞ。
「このスケベ人間」
「な、なんだとぅ!?」
「大丈夫?
こいつになんかされなかった?」
なぜミュコを励ましていただけでこんな扱いをされねばならないのだ。
不満ありありだけど反論するだけ倍返しされるのがオチなのでガクンと項垂れて我慢することにした。
表情を一変させてニコリと笑ったエはミュコに近寄る。
「えっ、あっ、うん!
大丈夫!」
男の子に手なんて初めて握られた。
思っていたよりもゴツゴツしていてたくましかった。
「私はエ。
はじめまして!」
「は、はじめまして。
えっと私はミュコ、です」
「行こ!
下にリンデランとかウルシュナとかもいるから!」
「え、えっ?」
「ふぅ……言ったろ?
友達紹介するって」
「早く!」
エがミュコの手を取って連れていく。
こういう時エは明るく人を引っ張っていってくれる積極性もある。
「今日はこれぐらいにしよう。
2人も下に」
「はい!」
「……ミュシュタル?」
ミュシュタルはひっくり返って桶の縁に頭を乗せてお湯に浸かっている。
目をつぶって気持ちよさそうにしているのを見ると無理矢理出させるのも悪い気が起きてくる。
「もう……起きて!」
ただ契約者であるヒスは遠慮なくミュシュタルのお腹をつつく。
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