踊り踊って、巡り巡って1
数日後モンスターパニックの収束が告げられた。
大きな安堵に国中が包まれ移動の制限も解かれた。
ただすぐに移動を開始できないのがほとんどであった。
なぜなら移動に耐えうる食料の確保ができないからである。
移動中もそうだし移動した先にも食べ物があるとは限らない。
苦しくてもまだしばらく留まり続けるしか選択肢がない人たちも大勢いるのだ。
けれどジたちは違う。
ジの持ってきた食料にはまだまだ余裕があった。
収束の知らせを受けて他の人よりも先んじてジたちは出発した。
魔物が戻ってくる前に、かつ先行して帰る騎士の後ろをついていく形になるのでより安全でもある。
「わぁ……本当に揺れないのね!」
劇団は屋根のない大きめの荷馬車3台と数匹の馬で荷物を運ぶ。
楽器なんかも置いているので雨が降ると大変らしいが屋根付きの馬車を買うのも安くない。
荷馬車に乗っていたミュコだけどガタつく音の少ないジの馬車を不思議に思っていた。
だから自慢げに揺れない馬車だというと鼻で笑ってくれたので実際に乗せてやった。
荷馬車はあまり人が乗ることを考えていないので意外と揺れてお尻が痛くなる。
荷物に場所を取られるし人もいるからのびのびともできない。
その点ジの馬車は快適。
揺れないので体に衝撃もなくて揺れの音もなくてそこもまた快適だ。
「ねね、毎回ここ乗っても良い?」
食料も下ろしたり食べたりしたのでミュコが座る分ぐらいのスペースは余裕で確保できる。
「今度剣舞見せてくれるならいいよ」
「剣舞?
いいけど……いつも練習見てるじゃない?」
「それじゃなくてさ」
「あっ、お父さんだな!
もう……でもあれは未完成で……」
「じゃあ……完成したら」
「いつになるかも分かんないよ?
もしかしたら一生完成しないかもしれない」
「それはそれでも構わないさ。
約束」
「これ南の国のやつなのによく知ってるね」
人差し指を軽く折り曲げて鉤のようにする。
互いに鉤状にした指を引っ掛けるのが南の一部の国でやっている約束のおまじないだった。
「……私友達いないんだ」
パッとジは手を離したけどミュコは名残惜しそうに人差し指を見つめていた。
「性格が悪いとかじゃないよ?
見た目だって結構良いってみんな言ってくれるしお転婆だって言われるけど元気いっぱいってことじゃない?
友達いないのはこうやって短い間に色々行くと色んな人に出会うけどおんなじぐらいの年の子にはあんまり会わないし、会っても仲良くなる時間がない。
仲良くなれてもすぐにお別れだしで友達になれないんだ」
今の生活は嫌いじゃない。
色んなところで劇をやって人を楽しませるのは自分も楽しくて好きである。
でもミュコもお年頃の女の子。
同じ年頃の子と仲良くして友達になりたいって思っちゃうのはどうしても仕方ないことである。
「俺じゃダメか?」
「えっ?」
「俺が友達じゃ、ダメか?」
「……ううん、嬉しい……かな」
向こうについたらエや双子、リンデランやウルシュナも紹介してやろうとジは思う。
でもとりあえず今は自分で我慢してほしい。
また人差し指を差し出してミュコは嬉しそうにそれに応じた。
「友達だ」
「と、友達……」
照れ臭そうに笑っているのはミュコだけでなくジも同じだった。
ーーーーー
順調に旅路は進んで何とか首都まで戻ってくることができた。
想定よりも大きく時間は食ったがみんな無事だしそれでいい。
そして予想外のことが1つ。
宿が取れなかった。
ジの方で用意する予定でリアーネを先に行かせて宿を確保しておくつもりが建国祭も近く、モンスターパニックで遠出もできないためにどこの宿も満杯だった。
いつ劇団が着くか分からないので先に宿を確保しておくこともできなかった。
「すいません……」
「いいえ、むしろ自由にできるのでありがたいですよ」
そこで仕方なくジの持っている家の1つである実験ハウスを宿代わりにすることにした。
急遽ベッドなどを買ったりして人数が泊まれるようにした。
ここも完全に見誤った形になるけれど劇団のみんなは野宿よりもよく、金銭的負担もかけないので気が楽だと言ってくれた。
「はじめましてー」
「ましてー」
「えっと、はじめまして」
しばらく家にいなかったジがようやく帰ってきてベタベタと甘えてくるタとケ。
ジの腕に抱きついたタとケをミュコに紹介する。
人たらしでもあるタとケにかかればミュコもあっという間にお友達になれるだろう。
「ね、ミュコお姉ちゃんも何かするの?」
「歌う?」
ミュコも劇団員だと言うとタとケは目をキラキラさせてミュコに興味を持った。
母親が踊り子だと知ってからそうした歌や踊りにも最近興味を持ちはじめていた。
四六時中料理もしてられないのでもしかしたら何かそうした趣味もできるかもしれない。
歌劇団なのでミュコが歌うと思っているけどミュコは歌わない。
下手じゃないけど歌担当の人たちに比べると普通だ。
綺麗な声はしていると思うけど。
「歌じゃなくて私の担当は踊りだよ。
こう、剣を持って踊るんだ」
軽くヒラヒラと回ってみせるミュコ。
踊りと聞いてタとケの目のキラキラがより強くなる。
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