過去との再会5

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 このサマーテに泊まったのには理由がある。

 安く泊まれると言うなら他でも同じだったけれどここに決めた目的があった。


 それは場所である。

 サマーテの裏手には広いスペースがある。


 馬を繋いでおいたり馬車を止めておいたり出来るようになっているのだけどそのスペースは必要以上に広い。

 流石に馬の放牧は出来ないけど体を動かすことは容易いぐらいの広さがあって歌劇団の人たちはそこで練習をしていた。


 どんなことでも極めようと思えば日々の練習は欠かせない。

 あんまり気を張りすぎてもいけないけど今は何もすることがないのでじっくりと向き合って練習することもできる。


 宿裏なので人も立ち入らずに練習はできるけど歌の練習は声が聞こえてしまう。

 だから表の道にはいつしか歌の練習目当てに集まっている人まで出始めていた。


 先日テレンシア歌劇団の人たちと顔合わせもした。

 歌っているのはドロクワという恰幅の良い女性とトノラという暗い緑髪の女性、それにセザールという甘い顔をした男性の誰かでジは個人的にドロクワの声が好きだった。


 テレンシア歌劇団の公演は歌と踊りによるもので分かりやすく、明るく盛り上がれる。


「何見てんのよ」


「休憩がてらちょっと見学」


 ここまで来たはいいけれどジもすることはない。

 焦りはないけどあの化け物なゴブリンを見てもっと強くならなきゃと思った。


 魔力が少ないので限界はあるけれど極限まで極まった剣は多少の魔力の差など切り裂いてしまう。

 目標は戦わなくてもいい人生、働かなくてもいい人生なのである程度自衛できればそれでもいいけど。


 何もしないのも体がうずくのでリアーネやユディットと剣の鍛錬をしていた。

 そうしているといつの間にかテレンシア歌劇団の腕っ節担当も加わったりもしていた。


 劇団と言っても流しで色々なところを巡る以上は外を移動して魔物や盗賊などに襲われるリスクもある。

 だから劇団員でもありながら戦闘を担当する人もいる。


 だからどうしても人数的にみるとそこそこの数は抱えた劇団である。

 昔はもっと小規模だったけれど旅して色々やっているうちに人が増えてしまったらしい。


 子供だからと油断した腕っ節担当からジが一本をもぎ取って息を整えながら少し休もうと壁に寄りかかった。

 宿の裏手では鍛錬するジたちの他に劇団員も踊りの練習なんかをしていた。


 その中にはミュコの姿もあった。

 真っ直ぐな刃の剣を持って振り回している。


 それは何かと戦うための動きではない。

 伸びやかに緩急をつけてしなやかに剣を動かしている。


 それは舞。

 ジたちとは違ってミュコは剣舞として剣を振っていた。


 一曲分踊り終えたミュコが壁に寄りかかって見ているジに気がついた。


「…………ごめんなさい」


「なにが?


 いきなりどうした?」


 ちょっとプクッと頬を膨らませて気まずそうに視線を落としたミュコ。

 初日に気まずい顔合わせをして以来特にミュコと話すこともなかった。


 タイミングが合わなかったのか、ミュコがジを避けていたのかしらないけど会わなかった。

 ただ同じ宿に泊まってどこかいくわけじゃないので避けようと思っても限界は訪れてしまう。


「失礼な態度、取って……」


「ああ、別に構わないよ。


 あれは俺が悪かったんだよ。


 俺の方こそすまなかったな、無礼だったよ」


 ジも気まずそうに頬をかく。

 状況が相当悪くて危険な中食料を運んでくれ、商会長なのに偉ぶったところはなくて謙虚で劇団員のみんなも好感を持っていた。


 仲良くすることを強制はしないけど避けるのはやめなさいと怒られて謝るタイミングを図っていた。

 人を多く抱えるので時々ご飯も危うい時がある。


 だからご飯の大切さは分かっているしわざわざ危険を冒して色々持ってきてくれたのに邪険にしてしまった。


「……剣舞、綺麗だな」


 後の言葉が続かなくて気まずい空気が流れる。


「……本当?」


「ああ、すごく自由で軽やかだ」


「ふへへ……ありがとう」


 最初の印象が悪かっただけで悪いやつじゃないかもとミュコは思った。


「ま、まあ、まだまだ練習中だから。


 おとーさんも褒めてはくれるけど私の理想はもっと……」


 ミュコは握った剣を見つめる。

 ミュコの体格にしては剣はまだ大きすぎる。


 もっと取り回しがしやすい短い軽いものでもいいはずだ。

 それでもその剣を使うのには理由があって、ジはその理由も知っている。


「理想に向かって努力するのはいいことだ。


 今だってそれだけ踊れるならより高い理想も達成できると俺は思うぞ」


「うん……ありがとう。


 じゃあ私はもっともっと練習しなきゃいけないから」


「ん、頑張れ」


 過去じゃ上手く会話してたのになんか上手く話せない。

 そんなに嫌われてなさそうで安心はしたけどお友達になるには時間がかかりそうだ。


「なんだ、惚れたか?」


「おっ…………これは手ひどくやられたな」


 剣舞の練習に戻ったミュコと入れ替わりでリアーネが汗を拭きながら近づいてきた。

 見るとユディットが地面に逆さまになっている。


 防ぎきれずに思い切りぶん殴られて一回転したようだ。


「最近だいぶ強くなってきたよ、あいつも。


 それであの子に惚れたのか?」


「惚れてないさ」


「そうかぁ?


 なんか熱っぽい目をしてるぜ?」


「熱っぽい目ってなんだよ?


 ならきっとリアーネを見る時も同じ目をしてるな」


「また嬉しいこと言ってくれちゃって!


 よし、このオネーさんが鍛錬をつけてやろう!」


「やるか!」


 意識しなくてもしてしまう。

 なぜならミュコは過去においてジに希望と、そして絶望を与えた相手だったから。

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