過去との再会3

「はい」


「ニージャッドさん、リアーネです」


 305号室のドアをノックすると心地の良い低い男性の声が中から返ってくる。


「リアーネさん、何かあり……


 そちらの方は?」


 鍵が開いて中から男性が顔を覗かせた。

 シルバーにも見える艶やかな白髪の中年男性。


 今でも非常にイカした歳の取り方をしているが昔は相当かっこ良かったんだろうなとジは思った。

 ニージャッドはジを見て目を丸くした。


 いきなりリアーネが子供を連れきたものだから状況がわかっていない。


「初めまして、ニージャッドさん。


 私フィオス商会の会長のジと申します」


 ジは前に出るとペコリと頭を下げる。


「あっ、フィオス商会の」


 そういえばリアーネの話で聞いていた。

 フィオス商会の商会長はまだ子供といえるほどに若いお方であると。


 ニージャッドは慌てて身なりを整える。

 リアーネほどではなくてもニージャッドも特に外出する用事もなくて気を抜いた格好をしていた。


「テレンシア歌劇団の劇団長ニージャッドと申します。


 申し訳ありません、このような格好で」


「いえいえ、いきなり押しかける形になってしまいましたし格好なんてどのようなものでも大丈夫ですよ」


 素っ裸でもなければいい。

 裸同然のボロ布を服だと言い張り、体に巻いたカーテンの残骸を一張羅のドレスだと主張する人がいる環境で育ったのだからまともな服ならそれで構わない。


「どうぞお入りください」


 一瞬迷ったが着替えるので時間をくださいとも言えなかった。

 幸い中は片付いているのでジを室内に招き入れても大丈夫だと思った。


「おとーさーん?


 リアーネさん、なんだっ……て」


「あっ……」


 しばらく宿に篭ることになってビジネス的な感覚が鈍っている。

 部屋に寝間着のままの娘がいたことをニージャッドはすっかり忘れていたのである。


 別に裸とか下着姿ではない。

 でも着古してちょっとよれていて、まだ子供っぽい可愛らしい寝間着姿は知らない他人に見られるには恥ずかしいものであった。


 ニージャッドの娘の顔が真っ赤になる。

 年頃はジと同じくらいだろうか、黒い髪で顔を隠すようにして奥の部屋にサッと逃げ込む。


「お父さんのバカ!


 人がくるなら言ってよ!」


「う、すまない……


 商会長殿も申し訳ありません……」


「いえ、また少ししてから出直してきた方が良さそうですね」


 そんなに早い時間でもない。

 だからみんなこんな風に気を抜いているなんて思いもしなかった。


 けれど長いこと宿に泊まって外に出る用事もない。

 そうすると部屋に篭るしかなくて、外に出ないなら多少ゆっくりとして着替えなくても大丈夫。


 ピシッとしてようがだらしなくしてようが見る人がいないのならどちらでも同じなのである。

 一度退室して出直すことにした。


 これは自分のミスだ。

 先にリアーネをいかせて準備する時間を設けるべきだった。


 商人としての経験の浅さが露呈した。


「1つ質問いいですか?」


「なんだ?」


「その……お知り合いなのですか?」


「誰とさ?」


「あのご令嬢とです」


「令嬢……ミュコのことか?」


「お名前までは存じ上げませんが……」


「なんで知り合いだと思ったんだよ?」


「それは……その」


 だって不思議な目をしていた。

 ジがあの部屋にいた女の子のことを見る目がとても優しくて、でもそれでいながら悲しみもたたえたような目をしていた。


 どんな感情が表れているのかユディットには読み切れなかった。

 まるで長年会っていない愛しの人にでも出会ったような雰囲気があった。


 なんでそんな目をしていたのか。

 会ったこともないようにはとても見えなかった。


「もちろん初めて会ったさ」


 当然会ったことなどない。

 この人生では。


 もし仮に過去まで含めるとなるとテレンシア歌劇団のみんなとは会ったことがある。

 そう、全く関係ないところからいきなりテレンシア歌劇団に依頼をしたのではない。


「そう……ですか」


「なんだよ?」


 そんな顔に出てしまっていたかなとジは首を傾げる。

 会っても平気、初対面を装うことなど普通にできると思っていたのに。

 

 程なくしてニージャッドが呼びにきたので部屋に向かう。


「副団長のタニアと広報のキュータワーです」


「よろしくお願いします。


 今回演劇の依頼をしたフィオス商会のジです」


 副団長のタニアは穏やかな笑みを浮かべる中年の女性。

 広報のキュータワーは細い目をした若い男性。


 それぞれと握手を交わして挨拶をする。


「そしてこちらが私の娘で、ミュコと言います。


 この子も演者の1人なんです」


「はじめまして。


 パジャマ姿も似合ってたよ」


「うぅ〜!」


「おい!」


「いでっ!」


 顔を真っ赤にするミュコ。

 記憶よりだいぶ若い、幼いと言っていい。


 褒めたつもりだったけどリアーネに脇腹をこづかれて怒られる。

 流石に触れるべきじゃなかった。


「はははっ、お年も近いようですし良ければ仲良くしてやってください。


 こうして流しで旅の芸人をやっていると友達も出来にくいようでして」


「そうですね。


 出来れば友達になりたいです」


 ニコッと笑ってみせるジ。


「絶対にイヤ!」


 しかしミュコはイーッと顔をしかめてそっぽを向いてしまう。

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