生きるということ2

「魔法は当たりましたが止まりません!」


「壁の火力を上げろ!」


 虫は燃えて消えるがゴブリンは消えていない。

 焼け爛れた皮膚を急速に再生させながら真っ直ぐに騎士たちの方に向かってくる。


 その光景に鳥肌が立つ。

 濁っていてどこを見ているのかも分からないゴブリンの目に恐怖を感じる隊長。


 直後炎の壁が激しく立ち上ってゴブリンの姿を隠す。

 こうすれば容易くはこちらに来られないし虫もゴブリンの方に向かう。


「行かれないのですか?」


「……嫌な予感がする」


 慌ただしく部隊は撤退を始める。

 よほど防御力が高いか炎に強い魔物でもないと燃え盛る炎の壁に突っ込むことはない。


 もしくはよほどの馬鹿かだ。


「隊長……あれ」


 炎の壁の向こうから手が出てきた。

 黒いのは焼けたからか、元々黒いのか。


「隊長、お供します」


「ダメだ」


 隊長は剣を抜いた。

 誰かがアレを引きつけなければ部隊に危険が及ぶ。


「なぜ……!」


「お前建国祭の前に結婚の告白をするって言っていたではないか」


「そうですが隊長だって子供が産まれたばかりでしょう!」


「俺とお前じゃ違う。


 俺が死んでも家族には補償がある。


 しかしお前が死ねばお前を待っている彼女はただ悲しみだけを背負うことになる」


「そんな……ですが!」


「ゼロス!


 お前は副隊長のスーマを補佐して素早い撤退を助けろ。


 ……俺に何かあったら家族に愛していると伝えてくれ」


「…………それは自分で伝えてください」


 子供もすでに成人しているベテラン騎士のコンスと独身で相手もいないホーランドを連れて隊長は異常個体のゴブリンに向かう。

 炎の壁を焼かれながら通り抜けてきたゴブリンの焼け焦げた皮膚がポロポロと落ちて新しく再生している。


「いいか、目的は時間稼ぎだ。


 倒せそうなら倒してもいいが無理はするな」


「分かってますよ」


「無理しなかったからここまで生きてくることができたんだ」


 大隊のみんなも素人ではない。

 すでに撤退の準備は始まっている。


 それほど多くの時間を稼がなくても撤退は出来そうである。

 コンスが盾を構えて突撃する。


「むっ?」


 盾ごと強くぶち当てる。

 想定していたよりも手応えは軽くてゴブリンはいとも簡単に後ろに転げ飛んでいった。


 倒せるのではないか。

 そのような考えが一瞬全員の頭をよぎる。


「はっ!」


 倒せるなら。

 隊長はゴブリンと距離を詰めると袈裟斬りにゴブリンを真っ二つに切り捨てた。


「……なんだ、撤退することなかったんじゃないですか?」


 あっさりとゴブリンは2つになって地面に倒れる。

 気の抜けるような終わりに3人は顔を見合わせた。


 得体の知れない雰囲気をまとっていて警戒しすぎたのかもしれない。

 少し恥ずかしく思うが被害がないことが1番重要である。


 特殊な個体には違いないが過度に警戒するほど強くはなかったようだ。


「隊長危ない!」


「なん……」


 後ろを振り向くとゴブリンの上半身が飛びかかってきていた。

 すでに体の半分ほどは再生していて腕を使って無理やり跳んできたようだった。


 間一髪で回避した隊長。

 狂気を孕んだ目に何をするつもりだったのかと背中がゾクリと冷たくなる。


「なんだコイツ」


 体を真っ二つにされて再生する魔物なんて聞いたことがない。

 まして黒い皮膚はしているが見た目は完全なゴブリンの魔物であって特別強い魔力も感じない。


 なのにこのゴブリンは死なずに凄い勢いで体を再生させている。


「早くトドメを刺すんだ!」


「さっさと死ね!」


 現段階で脅威ではないが再生能力の高さは生かしておくと厄介なことになる。

 ホーランドがゴブリンの首を切り落とす。


 ボトリと首が落ちて転がっていく。

 そして炎の壁の中に消えていく。


「首だけになってはもう大丈夫だろう」


「……どうだろうか」


 首を切り落とされて無事な魔物などいない。

 まして炎の中に突っ込んでいったし死んでいるはず。


 結果が分かりすぎていて酒の席での賭けにもならないぐらいだ。

 隊長が炎の壁に近づく。


 大隊は撤退していっているので炎の壁もじきに消える。

 死んでいると直に見ないことには安心できない。


「な……グァッ!」


 ゆらめいて、炎の壁が消えようとしている。

 熱でわずかに歪んだ空気の向こうにゴブリンがいた。


 体が完全に再生している。

 飛びかかってきたゴブリンを相手に隊長は腕を差し出してガードした。


 飛びかかりそのものにはそれほど力が無いのに腕に噛みつく力と腕を掴む握力はとんでもなく、ひどい痛みに隊長は顔を大きくしかめた。

 

「グ……くそッ!」


 ゴブリンごと腕を振るが噛みついたまま放さず牙が深くめり込んでいく。


「隊長を放せ!」


 ホーランドが横からゴブリンの体に剣を突き刺すけれどゴブリンは全く噛みつきを止める気配もない。


「グアアアッ!」


 腕の一部が噛みちぎられて血が飛び散り、隊長は痛みに叫び声を上げる。

 雑に腕の肉を咀嚼して飲み込んでゴブリンは再び腕に噛みつく。


「ホーランド、首を落とせ!」


「わ、分かった!」


 再生が早くて体に攻撃しても意味がない。

 コンスの指示でホーランドがゴブリンの首を切る。

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