生きるということ1
常に空腹だった。
底知れぬ飢餓感を抱えながらも獲物を狩る力もなく最低限生きるだけの食べ物しか口に出来ない。
ただまあ生きているだけありがたい。
仲間と共に過酷な世界を生きていけるだけでも幸運であった。
しかしそんな平穏な時は突如として崩れ去った。
黒い波が押し寄せた。
静かな森を飲み込んで、植物も魔物も全てを飲み込んでいった。
逃げて、咄嗟に巣穴にしていた木の根元の小さな穴に逃げ込んだ。
ひどい音がした。
葉っぱをかじり、生きたまま他の生命を食らう不愉快な音。
仲間の悲鳴が聞こえた。
黒い波に飲み込まれた仲間たちは抗う術もなく苦痛の声を上げながらやがて静かになっていった。
一部が穴に入ってきた。
それは虫だった。
たとえ1匹でもかじられると鋭い痛みが走る。
それが全身。
痛くて、声も出せない。
まだお腹が満たされるなんて思いもしたことがないのに他のエサとなって死んでいく。
悲しい食物連鎖。
しかしこう思った。
食べられるなら食べてやると。
腕にかじりつくようにして虫を食らう。
幸か不幸か穴は狭く、入ってきた虫は少なくて他の襲われたものよりも勢いが弱かった。
固くて美味しくない。
だけど食べた。
手についた虫を食らい尽くすと今度は引っつかんで引き剥がして口に運ぶ。
かじりついているから引き剥がすのにもひどい痛みが伴う。
虫で腹が満たされる。
吐き気のする味に耐えて食って、はじめての満腹に押されて体が再生を始める。
食われて、食って、再生して、食われて、食って……
体を動かしているのは何だったのか。
生きたいと思う本能か、空腹を思う後悔か、何も出来なかった自分への悔しさか、再生を始めてエネルギー使う体が新たなエネルギーを求めているが故か。
穴に入り込んできた虫を全部食らって外に出る。
外はまだ虫がいて出た瞬間にワッと寄ってきてまた体を食らい始める。
しかしこちらも負けてはいない。
体に引っ付いた虫を食う。
体の肉が少しずつ食いちぎられて鋭い痛みが頭の芯まで響き渡る。
固い虫を噛み砕いで喉に流し込んでいく。
痛みすら感じなくなってひたすらに虫との生存戦争を続ける。
どれだけの時間食べて食べられたのか誰にも分からない。
気づいたら虫はいなかった。
仲間もいない。
緑豊かだった森は草の一本も残されていない茶色だけが広がっている。
残されたのは底が見えない深くて暗い飢餓感だけ。
何か食べるものはないか。
虫でもいい、何でもいい。
この欲求を満たしてくれればどのようなものでも構わない。
食べるものを探して。
足が動き出す。
もう仲間のことも思い出せない。
ーーーーー
「右翼の火力が足りていない!
もう少し囲い込むように動け!」
第10大隊は順調に動いていた。
虫の数を減らしつつも大きく魔法を展開させて虫を目的の場所に追いやっていた。
想定よりも虫の数は多いが対処できないほどではない。
視界の邪魔にならないように膝上ほどまでの高さの炎の壁を作って虫の接近を牽制しつつ距離を取りつつ立ち回れば脅威にならない。
町に向かわないように時間はかかっているが着実に相手の数は減っている。
「隊長、何か変なものが……」
「変なものだと?」
「左翼側、虫が異常に固まっているところがあるんです」
「なんだと?」
隊長の男性はその場を副隊長に任せて左翼側に回る。
「あちらの奥側です」
「確かに……黒い塊になっているな」
これから虫を追い詰めたい方向に黒い塊が見える。
人の腰丈ほどの大きさに虫が異常な集まりを見せていた。
「近づかないように壁を維持しつつあの塊に火力を向けろ!
集まっているなら好都合だ!」
異様ではあるが虫が固まっているならむしろ倒しやすくていい。
魔法使いたちが隊長の指示に従って黒い塊に火の魔法を放つ。
「魔法着弾!
虫は燃えて……中から、なんだ?」
「ゴブリン……?
にしては肌が黒いし、なぜ虫の中から?」
黒い虫の塊が焼き払われた。
凄い勢いで虫たちが燃えて中から出てきたのはゴブリンに見えた。
しかしゴブリンがいわゆるグリーンスキンと呼ばれる緑色をした皮膚を持つ魔物なのに虫の中から現れたゴブリンは黒い肌をしている。
虫に噛みちぎられたボロボロの肌が急速に再生していき、くちゃくちゃとだらしなく動かされる口からは虫の足が見え隠れする。
ここまで虫以外の魔物とは一匹も会わなかった。
虫にやられてしまったからだ。
なのにこのゴブリンは虫の中にあって平然としている。
けれど虫と友好的関係であるのではなく虫に襲われている。
さらに魔法が直撃したはずなのにゴブリンにダメージがある様子がない。
「あの虫を……食べているのか?」
再びゴブリンに虫が集まる。
異様な光景に正しい判断が分からなくて困惑しているとゴブリンは悠然と体についた虫を引き剥がして口に運ぶ。
「異常個体だ!
全軍撤退!
サム、お前は先に行って他にこのことを伝えろ!」
ようやく正しい判断を下した。
モンスターパニックという通常とは違う状況によって時々特異な個体が生まれることがある。
用意をしないで戦いに臨むと死傷者が出かねない。
度重なる戦闘で騎士たちも疲れていて実力を発揮できない。
ここで無理をするよりも撤退することを隊長は選んだ。
「隊長、異常個体がこちらに向かってきます!」
「下がりながら魔法を放て!」
火の魔法が雨のようにゴブリンに降り注いだ。
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