草の一本も残っていない4

「んー、もうちょい金でも入るようになったら考えてみっか。


 格安で売ってくれんだろ?」


「ライナスにならな」


「お前んとこの馬車買ったら他の奴に自慢できるしな」


「私には?」


「エなら欲しけりゃあげるよ」


「やった!」


「なんでだよ、えこひーきかよ!」


「そりゃエには何回か命救われてるからな。


 お前も治癒魔法覚えて俺の怪我治してくれんならタダにしてやるぞ」


「ちぇー、まあそうだよな」


 治療が出来るとなにかとお世話になることが多い。

 エは特にジに対して世話を焼いているし馬車の一台ぐらいプレゼントしたっておかしくない。


 むしろそれぐらいやるべきだとライナスも思う。


「ただエのシェルフィーナだと馬車を引くには適当じゃないから馬は自分で用意する必要があるかもな」


「あーそっか」


 馬も安くない。

 買って終わりでなく飼育する場所やその後の世話など費用もかかっていく。


 魔獣だとある程度任せることもできるが馬だと御者も必要になるしライナスよりも馬車を所有するハードルが高い。


「んじゃジが乗せてよ。


 必要になったら呼ぶからさ」


「おい……ま、エの頼みならな」


「ふふ、ありがとう」


「御者すんのはユディットだしな」


「会長のご用命とあらば」


「俺も乗せてくれよ」


「今度みんなで馬車でどっか行ってピクニックでもしようか?」


「楽しそうだね、それ」


 どこまで行っても茶色い大地を進む。


「こんなんなっちゃうってモンスターパニックって怖いね……」


 外を眺めながらエが呟く。

 元は緑豊かな草原だったとエも聞いている。


「もう結構虫は倒してるのか?」


「ああ、毎日毎日虫に魔法放ってるよ。


 もーやんなるわ!」


「でも私たちは初撃隊だから安全に魔法撃つだけだけどね」


「しょげきたい?」


「流石に子供たちは危ないからあんまり前に出ないんだ。


 だから最初に大きく魔法を放って後は大人にバトンタッチ。

 んでまた距離取って魔法を放つって感じかな」


「なーる。


 じゃあ2人は安全なんだな」


「もしやられそうなら私たちは大人たちがやられてる間に逃げればいいからね」


「それならよかった」


 大人が聞いたら本当にそれでいいのかと思う会話だけどジにとってはエやライナスが無事ならそれでいいのだ。


「でもさここ何日かは食料も足りなくなってきて大変なんだよ。


 虫が何でも食い荒らしちまう」


「そうそう。


 一応追い込む目処は立ったから後少しの辛抱だけど」


「ふーん……ライナス」


「なんだ?」


「ちょっと顔出せ」


「なんだよ?」


「ほれ、これやるよ」


「これは?」


「シー。


 食べもんだよ。

 こっそり持っとけ」


 ジはライナスに袋を渡す。

 その中身は干し肉である。


 バレないように渡せる食べ物はこれぐらいだった。


「周りにゃ秘密だぞ」


「サンキュー、親友」


 ライナスはサッと受け取って懐に袋を隠す。


「持つべきものは親友だな」


「お国を守ってくれてるんだからこれぐらいはな」


「私には?」


「エにもやるよ。


 助けてくれたお礼代わりだと思ってくれよ」


「やり!


 ありがとー」


「おい、もうちょっとで着くぞ」


「オッケー。


 んじゃ降りるね」


 チュンウェア駐屯地が見えてきた。

 ジの勧めといえど馬車に乗ったままではライナスやエは怒られてしまうのでバレる前に降りておく。


 駐屯地の中では比較的規模の大きめなチュンウェア駐屯地。

 子供兵士たちは先に別れて自分たちの方の部隊に向かい、ジは駐屯地のお偉いさんにご挨拶に向かう。


 チュンウェアまで来ることができたけれど目的地はスキムットである。

 ここからスキムットに行けるかどうかはさらに上の判断になる。


「エンクラット・ディレンです。


 よろしくお願いします」


 チュンウェア駐屯地の騎士隊長は中年の女性だった。

 ジはエンクラットと握手を交わす。


 手はゴツゴツとしていて肌はやや焼けている。

 お家柄だけで騎士隊長に任命されたのではなく努力を重ねてきた人だと分かった。


 エンクラットも驚いた。

 商人だと聞いていたのに子供らしくない手をしている。


 剣を振りマメが何度も潰れた手をしている。

 自分と同じく修練を重ねている。


 真面目に、愚直に、剣を鍛錬するものの手で商人のような金ばかり数えているものの手ではなかった。


「スキムットまで行きたいと?


 理由を伺っても?」


「それは……」


 ジは理由を説明した。

 商会員であるリアーネから手紙をもらって食料を運ぶところだということを盛って話した。


 食料が手に入らなくて危険な域であるとそのために危険を冒してでもここに来たのだと。

 実際では手紙をもらった時はまだそんなに切羽詰まっていなかった。


 けれど移動している間にもドンドン状況は悪くなっていてジの説明でもウソじゃなくなった。


「……確かにスキムット周辺は状況が良くないようです」


 スキムットからは兵力ではなく食料支援の要請がきている。

 このままでは魔物に襲われる先に飢餓で死んでしまうと。


「ということは食料を持ってきているのですか?」


「ええ、そうです」


「多少の余裕を持ってきていますよね?」


「まあ、持てるだけ持ってきましたけど……」


「その食料の一部をいただけませんか?」


「なっ、そんなの……」


「ユディット」


 ジがユディットを制する。

 ユディットは想像もしていなかった提案だけど食料を持っているとしれればそのような提案がある可能性はジは考えていた。

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