草の一本も残っていない3
外から虫の羽音が地響きのように聞こえてくる。
小さな虫では丈夫なジョーリオの糸を突破することはできない。
虫が糸のドームにぶつかって引っ付いていく。
「どうしますか?」
虫の数は多かった。
ドームが真っ黒になるほど虫が糸にくっついても全部とは到底いかない。
一歩でも外に出ればそこは虫の嵐の只中になる。
「どうしようか……」
「一旦は助かりましたが不味いことになりましたね」
「単体の強力な個体も厄介なものだけど数というのもまた厄介なものだな……」
こう数が多いと魔法でどうにかするしかない。
しかしジはもちろんユディットも魔法は得意じゃないし騎士たちもこの状況を打開する力はない。
「虫が飽きて過ぎ去るのを待つしかないかな」
虫が飽きてくれるかは知らないけど出たら死ぬ以上耐え忍ぶしかない。
「うりゃああああ!」
「な、なんだ!?」
子供、大人に成長していく過程にある声変わりの段階のような声が聞こえてきた。
直後低く響く音。
「もういい加減飽きたんじゃー!」
ものすごい轟音。
言葉の内容を聞く限り不満が爆発しているみたいだ。
「んだこれ?」
「さあ?
燃やしちゃえば?」
女性の声。
まだ幼さの残っている声をしている。
姿は見えないが外にいる人はまだ若そうだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
騎士が慌てる。
今燃やされると虫じゃなく火に包まれて焼かれ死ぬことになる。
「うおっと、中から声が……」
「すいません、こちらはキャラッグ・ベーデルマンと申します。
魔物の討伐をしている騎士ですがどちら様でしょうか?」
普通に成人男性の声もする。
「私は第15駐屯地のスカラドです。
定期報告のためにチュンウェアに向かっていました」
「そうですか。
外はもう安全です」
「ジョーリオ」
どうやら助けが来たみたいだった。
ユディットに命じられたジョーリオが糸を裂く。
「あっ、ジ!」
「ウソ?
おい、なんでお前がいんだよ?」
「……エ、ライナス?」
真っ暗な糸のドームの中にいたから光が差し込んで眩しい。
闇に慣れて外がよく見えない。
けれど声で何となくそんな気がしていた。
そこにはドームの中を覗き込むエとライナスがいた。
「お前らこそなんで……あぁ」
そういえばオロネアがエもモンスターパニックの処理に駆り出されていると言っていたことを思い出す。
このモンスターパニックの対処に当たっている騎士や兵士たちの中にはエやライナスを始めとした子供部隊の子たちも動員されている。
どこかしらにはいるので会う可能性があってもおかしくはなかったと思ったことがあったがまさか本当に会うなんて思ってもみなかった。
「虫は……この引っ付いてんの以外倒したから出てこいよ」
「そうするよ」
外にいた騎士たちが糸を切り裂いて出てきたジョーリオに一瞬ギョッとする。
クモも虫系の魔物であるので見ようによっちゃモンスターパニックに関わっているようにも見えなくもない。
ただ人を襲ってもないし続いて人が出てくるので魔獣なことは分かるので警戒もすぐに解かれる。
みんなが出るとエが魔法で糸のドームを燃やす。
外から見ると虫が隙間なくくっついて真っ黒な気持ち悪い塊になっていた。
地面を見るとキラキラとそこらが輝いている。
虫の持つ小さな魔石が至る所に転がっているためだ。
砂粒ほどの大きさの魔石なので利用価値もない。
だから集めることもしないのでこのまま大地にわずかな魔力を与えてただの石ころとなる。
「助かったよ」
「こっちの失敗で魔物が向かっちゃったしね」
荒野となった平原の真ん中で立ち話するのも楽しくはない。
移動しながら互いに事情を伺う。
どうやらあの虫の群れは本来来るはずではなかったようだ。
騎士たちは協力して包囲網を敷くように虫を誘導しながら殲滅していた。
チュンウェア近くでもチュンウェアから遠ざけるよう戦っていたのだけどその時の撃ち漏らしが偶然にジたちの方に逃げてきてしまった。
エやライナスたちはその虫を追いかけて来たのだ。
数人の騎士と数人の子供たち。
魔法が得意な子供部隊の子たちで貧民街出身でジも知っている顔もいた。
「そんでジはなんでここに?」
「ちょっと大事な用があってな」
「でもここは通行止めになってるのによく入れたね」
「たまたまコネがあったんだ」
エはジの馬車に一緒に乗っている。
ライナスは馬車の上。
同じ子供部隊の子たちは羨ましそうにしているけどジの方がぜひにというのでしょうがないという体ではある。
「話には時々聞いてたけどマジ凄いな、この馬車」
上から頭を出して馬車の中を覗き込むライナス。
地面は草もなくダイレクトに振動が伝わるはずなのに穏やかで心地よいぐらいだ。
「欲しけりゃ友達価格で安く売ってやるぞ?」
「はっ、馬もいねえのに馬車だけ買ってどうすんだよ?」
「セントスに引かせりゃいいだろ?」
「……それも悪くないかもな」
サンダーライトタイガーほどの体格なら馬車を引くぐらいなんてことはない。
この場合は馬車というよりも虎車だが大型魔獣を契約している人には自分の魔獣に馬車を引かせている人もいる。
だから馬車を購入すればライナスでも引かせることは出来なくない。
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