草の一本も残っていない2

「この先は危険ですので民間の方をそれだけで行かせるわけにはいきません。


 ジダン隊長と同じ方法を取りましょう」


「私とですか?」


「ここもより上のチュンウェア駐屯地に定期報告する必要があります。


 スキムットまではまだ距離がありますけれどチュンウェアの方が上官もいますのでそちらにご判断いただきましょう」


 正直な話責任を負いたくない。

 ジの処遇をどうすべきであるのか判断がつかない。


 下手な判断をして責任を追及されるのは望まないことだ。

 もうここまで来てしまったのだから帰れとも言えない。


 それに近くの村は規模が小さくて宿もない。

 普段の状態なら人を泊まらせるぐらいはしてくれるかもしれないが緊急事態の今そんな余裕もない。


「他のところから受けた定期報告をすぐにまとめて定期報告しに行きますのでその時にチュンウェアに送り届けます。


 チュンウェアの方なら宿もあるでしょう。


 今日は安全のためにこちらに泊まっていってください」


「分かりました。


 ありがとうございます」


「ジダン隊長もありがとうございます。


 おい、誰か商会長殿をお連れしろ!」


 ジは駐屯地の端にテントを張って泊まることになった。


「しかし……もっと軽く考えていたけど外に出てみると思いの外デカいことになってるみたいだな……」


 恨むぜ、デカキックコッコと思わずにいられない。


 ーーーーー


「こりゃひどいな……」


 今頃の季節なら草木が青々と茂っているはず。

 けれどもチュンウェアまでの道中は想像していた景色とは全く異なっていた。


「茶色いですね」


「これがモンスターパニックの影響か」


 ノードンの部下たち数人に連れられてジはチュンウェアに向かっていた。

 チュンウェアまでは平坦で穏やか広く平原が広がっている。


 緑も多い土地であるはずなのに目の前に広がっているのは茶色い大地。

 草の1本も生えておらずその異常さにユディットも顔をしかめる。


 これらは全てモンスターパニックのせい。

 大量に発生した虫が全ての植物を喰らい尽くしてしまったのである。


 実際の被害を見ると笑うこともできない。


「かなりの数を倒しているのですがなんせ未だに虫どもは増えてあちこちを飛び回っているので収まらないんです。


 今は状況を把握して虫を誘導するように殲滅しているので解決できるのもそう遠くないとは思います」


 定期報告とジのためについてくれている騎士も悩ましげに地面の様子を見ている。


「キックコッコを倒しすぎました。


 冒険者ギルドで管理すべきだったのですがキックコッコも強い魔物ではないので倒すスピードを管理しきれなかったのでしょうね。


 誰を責められるものでもありません」


 強いてあげるならあのイケオスのキックコッコが悪い。


「なんだあれ?」


「どうした?」


「いえ、だいぶ先の方ですけど黒い雲みたいな、モヤみたいな塊が……」


「モヤ?」


 馬車の窓から顔を覗かせて見るジ。

 道から逸れて離れたところに黒い何かが見えた。


 不規則に形を変えながら動いているそれは確かにモヤと言われればモヤのようにも見えた。


「……ヤバい!


 全員防御体制を取るんだ!」


「あれはなんですか?」


「虫だ!」


 騎士たちが顔を青くする。

 黒いモヤの正体、それは虫の集団だった。


 馬車や馬を止めて警戒する。

 こっちに来るなと願うが黒いモヤが段々と大きくなっていく。


「近づいてきている!」


「ユディット」


「はい」


「ジョーリオを呼ぶんだ」


「……はい」


 ジはフィオスを、ユディットはジョーリオを出す。


「な……」


 巨大なクモが馬車の上に現れて騎士たちが驚く。


「そこまで楽にはいかないか」


 虫の力関係においてクモは強力な捕食者となる。

 上手くいけば虫が逃げていくのではないかと期待したけど虫の集団は依然として近づいてきている。


「放て!」


 騎士たちが魔法を放つ。

 火の魔法が飛んでいき虫を燃やして黒いモヤに丸く穴が空くがすぐにそれは塞がる。


 効果がないものでもないけれど配属された場所からすると魔法が得意な騎士ではない。


「ジョーリオ!」


 ジョーリオが糸を吐き出す。

 細かな網の目状に形作られた糸が虫のモヤに飛んでいく。


 ほんの少しでも糸に触れた虫は絡め取られる。

 けれどもいくら細かくても網の目状になっているので全ては捕らえられない。


「糸を燃やして!」


「分かりました!」


 騎士の1人がジョーリオの糸に火を付ける。

 あっという間に火が広がって糸に絡め取られた虫ごと燃える。


「くそっ、数が多すぎる!」


 障害物もなく攻撃の手も足りていない。

 虫を到着前に倒すことができそうになかった。


 人も食らう虫。

 このまま近づかれれば生きたまま虫にかじりつかれることになる。


「みんな近くに寄って!


 ユディット、ジョーリオに糸で馬車を囲ませるんだ」


「了解です!」


 ジョーリオが真上に糸を吐き出して馬車の周りを囲んでいく。

 あっという間に馬車のはドーム状の糸で囲まれてジたちはその中に閉じこもる。


「暗い……」


「おっと、気をつけてくださいよ」


 糸に閉じ込められて中は真っ暗。

 騎士が魔法で照らすが糸は燃えやすいので慎重になってもらう必要がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る