草の一本も残っていない1
「わざわざありがとうございます」
「これも仕事ですから」
次の日馬車に乗って駐屯地に向かった。
すると案内してくれるのはジダンだった。
ちょっと他の騎士から困惑が見て取れたので本来ジダンの仕事ではないのだろう。
ジダンと他2名の騎士が馬車を挟むようにして道を進んでいく。
「隊長が抜けても大丈夫なんですか?」
「我々の方の仕事は周辺の警戒と治安維持が主です。
周りの騎士たちも経験がありますのでまず問題はないでしょう」
騎士のことは騎士で処理するのでジが口出しすることでもない。
隊長を任されるほどの実力もあるし、この先に進むのに隊長そのものの口添えがあれば話が通るのも早い。
ジは座席に深く腰掛ける。
フィオス商会で使う馬車は自分たちの馬車なので使われているクモノイタも贅沢に使っている。
さらに座席にはクモノイタを中に入れた反発が少なく体をしっかりと受け止めてくれるシートを敷いてある。
長時間座っていても疲れにくくそれなりに快適なのだ。
向こう側の騎士たちは次の村の近くに駐屯している。
次の村までの2日間ジダンの護衛もあって穏やかに進むことができた。
「見えましたね」
規模としては一つ前の村とほとんど変わらないぐらいの小さな村が見える。
そのすぐ近くには騎士たちのテントがある。
「先に向こうの騎士に事情を話したいのですがよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です」
少し道から逸れて騎士たちの駐屯地へ向かう。
「第25隊隊長のジダンだ。
定期報告と事情があって1組商人殿をお通しした」
「あっ、はい。
ジダン隊長ですね。
ノードン隊長はテントにいらっしゃいます。
馬はこちらで預かります」
「頼む」
「ええと……」
「ユディット、お前は馬車とここで待機を。
俺は隊長にご挨拶に行ってくる」
「分かりました。
行ってらっしゃいませ」
ジは馬車を降りてジダンとこちらの騎士部隊の隊長のところに向かう。
向こうの騎士部隊の隊長が子供を連れているものだから他の騎士たちの視線が痛い。
「第25隊隊長のジダンです。
定期報告に参りました」
「どうぞお入りください」
「失礼する」
「隊長であるあなたがわざわざ来るとは……おや?
そちらはどなた……あっ!」
長い金髪の男性騎士ノードンはジを見て一瞬不思議そうな顔をして、すぐさま驚きが広がった。
何かの書類を手にして座っていたのだけど立ち上がって直立不動になる。
ジダンもジも顔を見合わせる。
「フィオス商会のジ商会長であらせられますね。
私ヘギウス家所属の騎士のノードン・ケラスと申します」
「ヘギウス家の……それはどうもよろしくお願いします」
騎士や兵士は王国に直接所属している者もいれば大きな家に所属している者もいる。
いわゆる私兵ではあるのだけどそうした騎士や兵士を抱える貴族も大体国に忠誠を誓っているので間接的に国に仕えているのと変わりがない。
こうした有事の時は家々にも人を出すように言われる。
たまたまここに駐屯している騎士や兵士はヘギウス家所属の人たちだった。
ここにくるまでに向けられた視線の中には実はジに気がついていた人もいた。
先日行われたヘギウス家でのリンデランのお誕生日パーティーではヘギウス所属の人たちが警備を行なっていた。
当然2番目に挨拶をしたりリンデランとダンスをしたりしたジのことを覚えている人はいて、ノードンもその1人だった。
「パージヴェルさんもこちらに?」
「いえ、ご当主様は魔法がお得意なのでもっと前線の方に行かれております」
豪快なあの爺さんは剣やなんかも得意だがその名を馳せているのは力強く破壊力のある火炎系の魔法の方である。
虫のような細かくて数の多い相手にはパージヴェルのような周りを一掃する強い火力のものが適している。
ここにいる人たちは魔法があまり得意ではない人たちで魔法が得意な人たちはモンスターパニックの方の対処に向かっている。
「失礼でなければどちらまで向かわれるかお伺いしてもよろしいですか?」
「スキムットという都市に向かっています」
ジはリアーネからの救援要請の手紙に食料を持ってこちらから向かうことと途中で合流することを書いて返した。
それがスキムットという都市だった。
そこそこの大きさの都市で無理をしなきゃその日生きていくぐらいの食料ぐらいはあると思った。
「スキムット……」
ノードンは地図を広げる。
スキムットの文字を探して地図の上で指を滑らす。
「……スキムットはモンスターパニックで魔物がいる地点に近いですね。
現在この辺りの地域では外出制限が出されているので本来でしたらこの先に進むことも止めるのですが……」
けれどもジはヘギウスにとって賓客である。
新進気鋭の商人でその邪魔をしては怒られるかもしれない。
しかし逆にヘギウスにとって大事なお客様を危険なところに行かせるわけにはいかない。
当主であるパージヴェルと直接面識もあるほどの人物なのでノードンも判断がつかない。
ジダンはノードンがヘギウス所属の騎士であることは分かっている。
そんなノードンの態度を見てジがただの商会長に収まっていない人だったと気づいて口も出せずに立ち尽くしている。
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